彼は困っていた。そしてそれ以上に心配していた。自分の膝を枕代わりにしてさきほどから時おり呻く己の恋人を。
真っ青な顔で応接室に来た綱吉はふらふらと雲雀の元へ来るなり言った。膝を貸してください。
かすかに匂った血の気配でなんなのかを悟り、雲雀は黙って座っていたソファを彼女のために空け、膝を提供したのだ。
かれこれ30分彼女に負担をかけまいとこの体勢になってから微動だにしていなかったが、彼女の呻き声は止むどころかひどくなるばかりである。
意を決して、彼女を呼ぶ。
「綱吉、」
「何、ですか」
「つらいならいい加減保健室に行くか、家に帰るかしたほうがいい。送ってあげるから」
綱吉限定の優しい声音で、できうる限り穏やかに雲雀は綱吉を説得する。が、
「や、」
「綱吉、」
「いや、です」
「でも君、さっきから辛そうだよ。このままでいても授業は出られなさそうだし、それなら帰ったほうがいいんじゃない?」
心配なんだ、そう言う雲雀に嘘はない。それは声音だけでなく表情からも表れていた。しかしそう言った瞬間。
ぽろり、と綱吉の大きい瞳から涙が零れ落ちた。
「つ、つなよし?」
どうしたの、お腹痛い?
狼狽を滲ませた声でそう問おうとしたそれはしかし肝心の綱吉のものでかき消される。
「邪魔、なんだ」
「…え?」
「雲雀さん、オレのことが邪魔なんだ」
身体を起こして、ぼろぼろと涙を零しながら潤んだ瞳で力なく綱吉は雲雀をにらみつける。
「…なに馬鹿なこと言ってるの」
「だって!」
「だって、オレがここにいると仕事ができないんでしょう」
だからオレに早く帰ってほしいんだ。
そう言って泣く綱吉に雲雀は眉をひそませた。そして綱吉を両脇から掬い上げるようにして己の膝の上におろす。
左肩にかかる頭の重さを心地よいと思いながら、綱吉の顔をのぞきこむ。
「あのね、綱吉。別に仕事なんてどうでもいいけど、さっきよりももっと顔色が悪くなっていること分かってる?
青い通り越して白くなってる。ね、君が心配なんだよ、分かって綱吉」
涙を浮かべた瞳を真剣に見つめると、彼女はだって、と口を開いた。
「だって、家に帰ったら雲雀さんいないんだもん」
目を見開いた恋人に抱きつきながら言い募る。
「雲雀さんがいないと淋しい」
そこまで言われて落ちない恋人がいないだろう。彼は負けた、と小さく微笑んでこつん、と綱吉の額と自分のそれとをくっつけた。
「じゃあここにおいで。でも無理はしないで、耐えられなくなったら僕にちゃんと言いな。…そうだ、薬があったほうが、いいよね」
「はい、お願いします」
傍にいられると分かった綱吉は先ほどまでの涙はどこへやら、うれしそうに笑う。それにほっとして唇をついばみ、雲雀は携帯を取り出し草壁に薬を買ってくるよう命じた。
生理痛止めの薬の渡しに来た草壁が見たのは、彼が来る10分ほど前から楽な姿勢でいられるように、と背中から恋人を抱きしめる風紀委員長の姿と、彼に身体を預け安らかな顔で眠る綱吉の姿だった。