※ムック別人注意警報発動中
一人下駄箱で靴に履き替えた綱吉は、前を向いてあ、と声を洩らした。
わずかに弾んだ声と同様その顔はほころんでいる。
(恭弥さんだ)
颯爽と歩く後姿。ぴんと背筋を伸ばして前を向いている。肩にかけただけの学ランはおちることなく、その姿はとても凛々しい。
綱吉は小走りで彼の後を追った。スカートがふわりと舞った。
「雲雀さん!」
「、綱吉」
綱吉の呼びかけに雲雀は足を止めて振り向く。きょとんとした顔は綱吉の姿を認め、すぐに表情を和らげた。
「今帰り?」
「はい!…雲雀さんも、ですか?」
ふっと笑った雲雀は返事をしないまま、綱吉の額に人差し指をぐいと押した。
「わ、」
「僕には苗字で呼ぶ幼馴染はいないはずだけど?」
背の低い綱吉が雲雀を見上げると必然的に上目遣いになる。大きな琥珀の瞳がぱちぱちと瞬き、ふにゃりと笑顔になった。
「はい、恭弥さん」
並んで校門に向かいながら、でもと綱吉は口を開いた。
「骸も恭弥さんの苗字で呼びますよね?」
「ああ…あいつはそれでいいんだ」
もう一人の幼馴染の名前をだすと、若干嫌そうな顔で雲雀は名前で呼ばれたくないと言った。綱吉はくすくすと笑う。
仲がいいくせにこういうことを言うのだ。
「何がおかしいの」
「何でもないです」
怪訝そうに綱吉を見るその視線から逃れるように綱吉は口元を抑えた。
「…まあ、いいけど」
綱吉の笑顔は学校を規律と暴力で支配している雲雀をして穏やかにさせる不思議な力をもっている。雲雀は歩きながら綱吉の頭を撫でた。
「えへへ」
もっと撫でてというように、雲雀の手に頭を擦り付ける。ふわりと柔らかい綱吉の蜂蜜色の髪は気持ちがいい。
「綱吉?」
「恭弥さん最近忙しかったから一緒に帰れなくて寂しかったんです」
だから一緒に帰れて嬉しいです。
にこにこと言う綱吉に雲雀は目を瞠る。ついで湧き上がってくる感情にむずむずと頬がゆるむ。嬉しい。雲雀はもう片方の手で口元を押さえた。
「恭弥さん?」
「…うん、僕も綱吉と久しぶりに一緒にいれて嬉しいよ」
校門を抜けて一息区切った雲雀は、それに、と続ける。
「そろそろ来ると思っていたからね」
主語が何を指すのか分かった綱吉はああ、と頷いた。16年の綱吉の人生でたびたび見てきたことだったからだ。
綱吉が頷くのと同時に、物凄い勢いでこちらに向かって走ってくる男を発見した。
がばり、と言葉もなしに綱吉と雲雀に抱きついた男はそのままぴたりとも動かない。
耳を澄ませるとわずかに聞こえてくる、すんすんと鼻を啜る音。
綱吉は苦笑して背伸びをして彼の頭を撫でた。
「骸」
「…おひさし、ぶりです、つなよしくん」
「いい加減うっとおしいんだけど」
「ひばりくん、会いたかったです…」
放れなよといいながらもじっとして無理やり剥がさないところで、雲雀が骸をある程度許容していることが分かる。
ようやく顔をあげて二人を放すと赤くなった目尻はそのまま、身長の違う男女を何度も見返して顔を弛ませた。
「本当に会いたかったです、二人とも」
「久しぶり、って4日会わなかっただけだけど」
「3日以上君たちに会わないなんて拷問です。…どんなに僕が寂しかったか」
辛い日々(4日間)を思い出して潤むオッドアイに慌てて綱吉がハンカチで骸の目尻を拭う。彼は幼いころからいつでも一緒にいた幼馴染たちの姿がないと、普段はしっかりしているのにすぐに泣き出すのだ。
「そういえばリボーンは?」
やたらと偏差値が高いことで有名な私立に通う骸と同じクラスメイトで、従兄弟の名をだすと骸は顔を引き締めた。
「彼は今日デートがあるそうです。…ひどいんですよ!綱吉くん聞いてください!僕が君たちに会えなくて辛いのに、彼はそんな傷心の僕を慰めるどころかうっとおしいとか言って蹴りを入れるんですよ!」
容易にその光景が想像できて思わず笑ってしまう。
「あいつらしいなあ。骸、それより今日帰ったら宿題教えてくれる?」
「ええ、勿論」
綱吉のお願いにぱっと骸は顔を輝かせる。それを見て雲雀は不満げに眉をひそめた。
「ちょっと綱吉、なんでコイツに頼んで僕には頼まないの」
「だ、だって雲雀さんスパルタなんだもん」
お世辞にも忍耐があるとはいいがたい雲雀の教え方は適切だけれど厳しい。その点骸は綱吉が理解するまで根気よく教えてくれるから、宿題は骸に教えてもらったほうがいいのだ。
「…」
自覚のある雲雀がむっつりと黙り込むと、骸が口を開いた。
「科目は何ですか?」
「英語と数学…」
「だったら僕が英語を教えますから、雲雀くんには数学を教えてもらったらどうです?」
「…恭弥さん、怒らない?」
「うん」
別にいつも怒っているつもりはないんだけどと思いながら頷くと、綱吉はほっとしたような顔をした。
「じゃあ、数学教えてください」
「わかった」
骸は二人の様子を見て微笑んだ。無自覚両思いのくせにお互い片思いをしていると思っている彼らを密かに応援しているのだ。
そうして仲良く帰る3人の幼馴染をオレンジ色の夕暮れが優しく見守っていた。