日付が変わり、最初にもらったプレゼントはくたりとするほど深く甘いキス。息も絶え絶えになった綱吉に、雲雀は誕生日おめでとう、と綱吉の耳元でひどく艶のある声で囁いた。
寝室に響いた高く甘い声に交じるように低い官能的な声が重なった。
しわくちゃになったシーツの上、荒い息を整えながら雲雀は自分に凭れた綱吉の髪を鋤く。ふわふわと奔放にはねている蜂蜜色のそれは今はしっとりとしていた。
「つなよし」
「…んぅ、」
雲雀の肩に顔を埋めていた綱吉は重たげに目を開く。一瞬記憶が飛んでいたために、ここではなくどこか遠くを見つめているような琥珀は二度三度瞬きをして焦点を戻した。
「綱吉、大丈夫?」
呼ばれ、辛うじて残った力で綱吉は口を開き雲雀の肩に歯を当てた。咬み跡などつかないほどに弱いそれは、いわば意識があることを雲雀に知らせる合図だ。
雲雀は頬を緩めて彼女を見下ろし、汗の滲んだ額や涙のせいで赤くなった目じりに口づけを何度も落とす。
雲雀と同じ年になった瞬間綱吉を早速とばかりにベッドに押し倒した雲雀は嬉々として彼女を貪った。誕生日プレゼントがわりにめいっぱい奉仕してあげる。その言葉通り時間をかけてたっぷりと焦らされて、愛されて。
「…ば……ぁ」
「綱吉?」
掠れた声は小さすぎて雲雀には聞き取れなかった。聞き返すと、どこからそんな力をだしたのか、顔を上げてキッと雲雀を睨み付ける。少なくとも綱吉本人は睨み付けたつもり、だった。
「きょ…ゃさんの、ばか、ぁ!」
「なんで僕が馬鹿なの」
大きな琥珀は涙が浮かんでいてきらきらと輝いていた。情事の後特有の、ひどく艶のあるそれで睨み付けられても、誘われているようにしか思えない。
何を言っても可愛らしいとしか思えない妻の言葉に、雲雀は苦笑した。身じろぎをすると、広いベッドがぎしりと卑猥な音をたてる。同時に雲雀のものを含んだままの胎内がゆるりと蠢いた。つられるように雲雀の熱が膨張する。
「ァ!ちょ、なん、」
「綱吉が可愛いすぎるのがいけない」
「ん、な、ア、あんっゃ、ぁ!」
激しくなる律動に合わせて綱吉の口からア、ア、ア、と断片的な喘ぎ声がもれる。反論の言葉を言おうとも思考すら真っ白になって母音しか口にできない。
回数を増すごとになくなってく体力に反比例する感覚の鋭さに、否応なく絶頂につれていかれる。
ちかちかと白く光るものしか見えず、ぽろぽろと涙を零す綱吉をきつくきつく抱きしめながら、動きを止めないまま雲雀は綱吉の耳元で小さく何事かを囁く。
「…を、あげる」
「…ぇ、」
聞き返そうとした綱吉に笑みを浮かべ、雲雀はぎりぎりまで引き抜いた己の熱を最奥まで叩きつけて堪えていたそれを解放した。
「ンアッ!ヒ、アアア!」
「…ッは、つな…よしッ」
ぴしゃりと胎内のすべてを濡らす感覚と同時に絶頂を迎えた綱吉はあまりの快楽にそのまま意識を飛ばした。
これでは雲雀の誕生日ではないかと目が覚めてぐったりと自分の意思で動かない身体をもてあましながら、ぼんやりと綱吉は思った。なんだか去年の彼の誕生日と状況が似ているように思うのはけして気のせいではない、だろう。
ゆるゆると指先でシーツに触れる。気づいたときには雲雀は隣にいなくなっていた。まだシーツはぬくもりを失っていないから、おそらく彼がベッドからでてからそれほど時間はたっていないはず。
広いベッドに一人残されたことがやたらと不安で、温かい布団に包まれているはずなのに綱吉の体がふるりと震えた。
「きょうやさん、のばか」
「だからなんで僕が馬鹿なの」
綱吉の声に反応したように扉が開いた。片手にマグカップを持っている。近づいた雲雀は枕元に腰を下ろし、綱吉の頭を撫でた。
「紅茶持ってきたけど、起きれる?」
「…」
こくりと頷き、身体を起こそうとするがろくに力がなくなった腕には少し難しいようだった。助けるように雲雀が腕を伸ばし、綱吉をすくいあげるように抱きしめた。
「はい」
「ぁ、ありがとう、ございます」
温かいマグカップにはたっぷりとミルクと砂糖の入ったミルクティーがゆらゆらと波を作っていた。こくりと口に含む。水分を欲していた身体は喜んでそれを受け入れる。
しばらく紅茶を飲むことに集中している綱吉を邪魔するでもなく、雲雀は黙って彼女を見守っていた。時折髪を梳く、その動作は彼の愛情の深さを伝えるかのように慈しみに満ちている。
「…そういえば…」
「うん?」
マグカップのミルクティーをすべて飲み干して、だが熱のこもったカップを放さないまま綱吉がぽつりと呟く。小さな声に雲雀は続きを促した。
「あのとき、なんて言ってたんですか」
何か言っただろうかと雲雀は少し考え、ああと頷いた。
「覚えていたの」
「よく、聞こえなかったけど」
「そう。…子どもを、あげるって言ったんだ」
「…え?」
ぱちくりと目を瞠る、その動作が可愛らしくて雲雀は目元を和らげた。
「子ども。ほしがってただろう?」
「え、でも、」
することはしていても、ほしいと思って得られるものでもないはずだ。現に結婚して1年以上たつが綱吉には何の変化も見られない。
そんな彼女に雲雀は小さく首をかしげた。
「今日、できてるはずだけど」
「…わ、わかるんですか?」
明日晴れるよとでもいうような気軽さで言われてぎょっとして綱吉は雲雀を見上げる。
きょとんとしている彼の黒闇の瞳が綱吉を映していた。
「うん、なんとなく。綱吉には分からない?」
「わ、わかりません、よ…!」
確信に満ちている彼の言葉はいやに説得力があって可能性を否定できない。これも一種の野生の感といえるのだろうかと思い、だがすぐに考えるのを放棄する。彼に常識が一切通用しないことは自分が一番よくわかっている。
限界まで体力を行使した身体は少々の睡眠では回復せず、まだ眠りを必要とする。
綱吉はぼやけていく目を擦った。
「眠い?」
「…んん、はい、」
「寝てていいよ。昼頃になったら一回起こすから。…おやすみ」
ゆっくりと綱吉の身体を寝かせた雲雀は、彼女の額にキスを落とした。そして部屋をでていこうとして、しかしその動作を何かに遮られる。くいと綱吉の手が雲雀の服を引っ張っていた。
「綱吉?」
「きょうやさ、もねるんです」
ここで、と空いたもう一つの手で隣をぽんぽんと叩く。もう半分眠りかけているのかぼんやりとした口調だ。
瞬きをひとつした雲雀は口元を緩めた。
「わかった」
ぎしりときしみを上げて雲雀の体重を受け止めたベッドはそれきり沈黙した。
横になり腕を伸ばすと、綱吉はそのまま雲雀の腕に頭を預けてすぐに寝息を立て始める。
昼寝の時間にはまだ早いが、こうやって過ごす時間もたまにはいいだろう。
(色々準備はあったんだけど…)
綱吉の誕生日を祝うための諸々を思い浮かべて、だがまあいいかと思い直す。
起きてからでもできるだろうし、特別な日にだからこそ彼女の願いは何でもかなえてやりたかった。
心地よい綱吉の体温を感じながら目を閉じる。幸せな眠りはすぐそばにまできていた。