華奢な風情の少女の、凛とした眼差しはとても美しかった。
綱吉が直接には知らない彼女の祖母も、母も同じ眼差しをしていたという。アルコバレーノの事実上のボスであり、同時にジッリョネロファミリーのボスである、まだうら若き少女は綱吉の姿を認めて驚きながらも嬉しそうににこりと微笑んだ。何もかもを包容する大空の微笑みはそれだけで微笑み返さずにはいられない。それはもう一人の、大空である綱吉も同様で。
ボンゴレボスのものではなく、沢田綱吉個人の笑顔に、ユニの笑顔の輝きが増す。綱吉さん、と呼んだ声は春風のように暖かくはずんでいた。
「こんにちは、どうしたんですか?」
「ごめんね、突然訪ねてきたりして」
いくら同盟ファミリーであるとはいえ、アポイントメントもなしにやって来るなんてあまり褒められたことではない。ましてや、大ボンゴレのボスが。ボスとしての自覚が薄いとよく怒られる綱吉とてそのあたりのことは自覚しているのだ。かといってそれを改めるかといえば、話は別だが。
へらりと苦笑ぎみに告げた言葉に、だがユニは首を振った。特徴的な大きな帽子から出る、艶やかな黒髪が揺れた。
「いいえ、嬉しいです。ちょうどお茶の時間にしようと思っていたところなんですよ。よかったら、ご一緒しませんか?」
控えめな誘いに腕時計を視界の片隅におさえた綱吉はためらう。だが頼まれたら断れない人ランキング1位の座を10年間譲り渡していない彼が、期待に瞳を輝かせる少女の誘いを断れるはずもなかった。
「うん、じゃあ少しだけお邪魔しようかな」
「はい!」


色とりどりの花が咲き乱れる庭に案内される。季節を問わず美しいその場所に腰を落ち着けると、そっと紅茶が差し出される。ふんわりと揺れる湯気と、香りだけでも質の高いものだと分かるそれは、庭の様子と、そして目の前の少女と相まってどこまでも平和の安らぎを感じさせた。綱吉は一口紅茶を飲み、おいしい、と呟く。穏やかな声音に、ユニはほっとしたようによかったと言った。
「それで、今日はどうしてここに?」
「ああ、そうだった」
忘れていたと苦笑して、綱吉は懐に手を入れる。ことりと小首をかしげるユニに、緊張感はない。護衛を一人もつけずに同盟ファミリーのボスと会うことの意味を二人は熟知していたけれど、過保護ともいえるユニのファミリーがそれを許すのは、かつてこの世界を滅ぼそうとしていた最大の危機を共に乗り越えてきたからこそだろう。
「はい、これ」
そして差し出された、小さな箱に少女は目を丸くさせた。
「これは?」
「あけてごらん」
促されるままに蓋を開けると、そこにあったのは造花の髪飾り。ほのかなピンク色が可愛らしい、この花の名前を知っているとユニは大きな瞳いっぱいにそれを映しながら、ぽつりと口を開いた。
「…桜?」
「うん、昔見たいって言ってたよね?本物では、ないけど」
たまたま出先で見つけて、そのことを思い出したからと彼は照れたように笑う。安物で悪いんだけど、と頭をかく綱吉に、ユニはふるふると頭を振った。すべらかな頬が喜びゆえに、ほのかに朱に染まる。
「うれしいです…!ありがとうございます、綱吉さん!大事にします」
大切そうに両手で包んでお礼を告げる少女によかったと、照れくさそうに綱吉は頬をかいた。
そのほんわかとした空気を無機質な振動音が割り込んだ。ブブブ、と何の変哲もないそれが綱吉の胸ポケットから響く。途端彼は腕時計を見て、顔をひきつらせた。慌てた動作で携帯電話を取り出しす。
「も、もしもし!」
『遅い』
「すみません!こ、こんなに時間が経っていると思わなくて」
電話越しの相手には見えないだろうに、ぺこぺこと頭を下げながら謝るその様子はどう見てもマフィアのボスには見えない。沢田綱吉としてでも、ここまで下にでる相手は限られている。ユニはすぐに話し相手が誰なのかを察して、小さく苦笑した。鳥の名を持つ、雲の守護者。自由奔放な彼は、そのくせ一度執着した相手にだけは独占欲が強いのだ。
『君、どこにいるの』
「え、と、ジッリョネロの屋敷にお邪魔しています」
『……』
「雲雀さん?」
その沈黙が良いものだとは、さすがの綱吉にも思えなかった。おそるおそる名を呼ぶと、ため息が電話越しに聞こえた。
『迎えに行く』
「え、ええ!?いいですよ!自分で帰れますから!」
雲雀さんに来てもらうなんてそんな、恐れ多い!遠慮をしているというよりは、後が怖いといったような綱吉の叫びに、むっとしたような雲雀の声がかかる。
『何、僕が行くのが嫌なの?』
「いえいえいえ!そんなまさか!」
『じゃあ良いだろ』
やたらと好戦的な雲の守護者が来れば、うっかり暴れてしまうかもしれない。それだけは避けなければと必死になる綱吉の隣で、のんびりとユニが口を開いた。
「綱吉さん、私は別にかまいませんよ」
「ユ、ユニ?」
「お茶は人数が増えても美味しいですし」
そうユニがにこりと微笑むと、するどい聴覚を持つ雲雀はその声を聞き取ったようだった。
『あまり群れると咬み殺すよ』
「大丈夫ですよ、私と綱吉さんと雲雀さんの三人なら、群れじゃないでしょう?」
『…今回は、そういうことにしてあげる』
雲雀らしくない妥協の言葉に、綱吉は目を白黒させた。彼をそっちのけで進められる会話についていけない。
『ああ、そろそろ着くよ。じゃあね』
「え、ちょ、雲雀さん?」
ぷつり、と切れた電話にあっけに取られていると、ユニがくすくすと笑い出した。
「本当に雲雀さんは、マイペースな人ですね」
「いや、あれマイペースっていうか…」
苦笑する綱吉に、小首をかしげてからユニは立ち上がった。
「雲雀さんを迎えに行きましょう?」
「ああ、うん、そうだね」
そろそろ着くと言っていた。彼がそう言ったら、それは本当にすぐなのだ。席を立ってユニと共に歩き出す。



澄み切った大空の下、春の鳥の鳴き声が響いた。