長年越しの夢なんです
まだ夜が明けないうちに目を覚まして、隣でぐっすりと眠っている健二さんを(無理させてしまったと申し訳なく思いつつも)そっと起こせば、寝ぼけ眼で、かずまくん、と掠れた声で呼んでくれる(※)。シーツの隙間から覗く白い肌は幾つもの鬱血の痕が残っていてぞくりとするけれども(※)、そこは我慢して外に行こうと誘えば、まだ夜なのに、と口を尖らせるので誘われるように唇を落とす。当たり前のように深くなる口付けに、再びベッドを軋ませる前にと口を離してお願いすると、仕方ないなと頷いてくれる。健二さんは近くにあった俺のTシャツを着て(※)、下はハーフパンツをはいた。全くもってそうしているととっくに成人している男とは思えない。下手すると高校生に見えてしまうのではないだろうか。ホテルを出てすぐの砂浜を歩いて、海に近づく。夜の海は恐ろしいほどの静けさと、闇の色をしている。飲み込まれやしないだろうか、そんなことを思いながらそっと健二さんの手を握ると、同じことを思ったのか健二さんは俺の手を握り返してくれた。温もりに心臓がどくどくと忙しない。異国の匂いのした、けれどどこか懐かしさを感じさせる風が俺たちの間をすり抜ける。腕時計をちらりと見れば、あと5分ほどで、少し早く来過ぎたかと思う。ざざん、ざざん、波の音以外は何も聞こえてこない。じっと健二さんを見つめれば、健二さんも俺を見上げていて、何も語らずに視線を交わすだけ、それだけでこんなに幸せだと泣きそうになってしまう。そうしている間に、ふ、とまばゆい光が差し込み、健二さんの意識がそちらに向く。海の向こう、遠い遠い水平線に朝日が姿を覗かせた。うわあ、と健二さんが声を上げた。思ったとおりの反応に、俺は思わず口元を弛ませて同じように朝日を見る。一秒一秒、瞬きをするのがおしいほどに、どんどん色を変えていく海と空と、その間で煌々と、道しるべのごとく輝く太陽。まるでそう、俺にとっての健二さんのように。健二さんなんだ、呟いた俺に、美しい光景に目を奪われていた健二さんが俺を見上げた。ああどうしよう、好きだ好きだ好きだ、溢れんばかりの感情はどれだけ言葉にしても尽きることはなく、むしろ足りないと思うほど。好きだよ、愛してる、健二さん。そっと囁いた俺に、健二さんは見ているこちらが幸せになる、蕩けるような笑顔を浮かべて、僕も愛してる、なんて俺を至福にしてくれる言葉をくれて。そして朝日に祝福されながら、影がひとつに重なった―――。
ぺらり、と雑誌を捲りながら、佐久間はストローでコーヒー牛乳を飲んだ。今日もコーヒー牛乳はうまい。
「で、実際のところはどうなの?」
「………そのお土産でわかるでしょ」
じろ、と箱ごとよこされたそれを見て、頷く。達筆な字で、草津温泉まんじゅう。
「大方あいつが海外なんてめんどくさいって却下したんだろ」
「せっかくプランも完璧だったのに…」
切々と語られた、今の内容をプランと呼ぶならば。キング、それはプランというより妄想だから。
内心の冷静なツッコミが聞こえたように、ぎろりと佳主馬に睨まれる。
「勿論飛行機ホテル諸々の予約もしたに決まってる」
「え、まじで? それでも断ったの、健二のやつ。そこまで決定しちゃえば流されそうなのに」
「だよね、佐久間さんもそう思うよね!」
勢いこんだ佳主馬が大きく頷いて、だが現実はそうならなかったことを思い出したのか、額に手を当てた。じっと考え込むその姿は、そこらの芸能人も真っ青なほどだ。
(中身もある意味真っ青かもな)
「…敗因は分かってる、余裕を持って予約したことだ、だからキャンセル料もかからないからって健二さんがキャンセルしたんだ。今度からはぎりぎりになってから知らせ、…ああでもそうすると予定入れちゃうかもしれないから…」
次回こそはとキングカズマの中の人は闘志も露に計画を練り始める。ハードルが高ければ高いほど燃える性質なのだということは、それなりに長くなりつつある付き合いで知っている。けれども、無駄に回転の速い脳みそを全力にこういうことに使うのってどうなの。ゆるく頭を振って、佐久間はおみやげの温泉まんじゅうに噛み付きつつ、目を通していた雑誌をまた捲る。
高いハードルこと、彼の親友が佳主馬の計画に忠実な行動をするわけがないということを、いい加減佳主馬は気づくべきだと思う。見かけによらず(あるいは見かけどおりというべきなのか)ロマンチストを地でいく佳主馬と違い、健二は理数系の鏡といっていいほどの現実主義者だ。そして長年そんな彼の恋人であるはずの佳主馬が、それを分かっていないはずもないのに。
「ちょっと、佐久間さん聞いてる?!」
「ああ聞いてる聞いてる」
適当に頷きながら佐久間はついでにとまんじゅうをもう一個いただくことにした。
※佳主馬的こだわりどころ。別名男のロマン。
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