噛み砕いて、君を愛す
きみが綺麗だと信じているものが本当はすべて嘘なのだと知ったらきみは僕から離れていくのだろうか。
(嘘。本当じゃないもの。贋者)
離れていってその先に出会うかもしれない顔も想像できない女と手をつないで愛していると囁いて身体を繋げて。その結果に新たな命が生み出されるのを想像するだけで気持ち悪くなる。どくどく、心臓が上に移動して気管を防ぐような、ありえない苦しさ。
(だめだよそんなの、ゆるせないゆるせない)
それはこの世に存在するすべての数式が、数学が、理論が消滅してしまうようなものだ。小磯健二という人間は数学と池沢佳主馬が混じりあったすべてのもので構成されています。馬鹿げたことを考えながら(別に冗談のつもりはないんだけど)手を伸ばせば、彼はどうしたの、と笑った。(可愛い)(大好き)
「健二さん?」
「佳主馬くん、好き」
重なった手と手、僕よりも少し高い体温を少しずつ少しずつ(本人が気づかないうちに)奪っていくのは、彼と自分が作っている関係のすべてを現しているようで知らず口の端が歪む。
好き、囁く音は佳主馬くんの耳に届いて、ああねえそのまま積もり積もった僕の心の言葉は佳主馬くんを違うものに変えてしまうんじゃないかなあと思う。もしもそうなればどれだけ(幸せ?)(違う、それは不幸だ)(彼にとって)。佳主馬くんは少し目尻を染めて笑う。
「僕も好きだ、健二さん」
「本当?」
とっさに口についてでた言葉に、佳主馬くんは眉を少しよせる。
「信じてないの」
「そういうわけじゃ、ないけど…。僕は、佳主馬くんが思ってるような、人じゃないのに」
「健二さん、僕は健二さんには絶対に嘘はつかない」
「…佳主馬くん」
熱情がこもった、真摯な声。それがどれだけ僕を喜ばせるのかなんて、きっと彼は知らない。
(僕は、嘘ばかり、ついているのに)
胸についた、おそらくなけなしの良心に(そんなもの存在していたのか)泣きたくなって、だけれど瞳は乾いたまま、優しく奪って、縛り続けるために僕はそっと彼の唇を舌の先でなぞって、その熱くなった頬に顔を摺り寄せた。
君は盲目で居続けて、と祈る代わりに目を、閉じながら。
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