十年後カズケン






全国の学生たちが待ち望んでいた夏休みが始まった。
それは大学の助教授の身である健二も同様で、その代わり佳主馬は違う。大学を卒業し、二束わらじではなく実業家として本格的に働き出した佳主馬は、ここ最近忙しいらしく夜遅くまでPCの前にいる。
おそらく今日の日付になってからも働いていたのだろうと確信に近い推測をしてベッドの中にいる彼をそのままにしていた健二は、時計の短い針が12時を過ぎるのを見てそろそろ起こすかと寝室に入った。よくもこんなに蒸し暑い中で寝ていられるものだ。窓を前回にして扇風機をかけていても、汗が吹き出るというのに。
もはやカーテンをしている意味などないのではないだろうかと思いながら、ベッドに近づく。腹部にだけ夏がけをかけて横になっていた佳主馬は、んん、と小さく声を洩らしてこちらを見た。寝起き特有のぼんやりとした目が、健二の姿を見て柔く弛む。

「おはよ、健二さん」

「おはよう」
「今何時?」
「12時過ぎたところ。今日も寝るの遅かったの?」
「うん、5時ごろやっと終わった。…これで俺も、やっと夏休み」
ここしばらくはのんびりする時間などなかった佳主馬は、心底安堵した声で言った。
そしてすぐ傍で立っている健二に手を差し伸べる。素直にその手を取ると、ぐいと引き寄せられた。
「わ、」
「……ん、久しぶりの健二さんだ」
「毎日一緒に寝てるのに」
頭に鼻先をくっつけて、犬のようにくんくんと匂いを嗅ぐ佳主馬に、たくましい身体を下敷きにしながら健二は苦笑する。少年時代から鍛えられた、見掛け倒しではけしてない年下の恋人の肉体は健二のひょろっこい身体を乗せてもびくともしない。
「起きてる健二さんにはできなかったし」
佳主馬が寝ている時間に大学へ行っていた健二も、その気持ちは分かった。何にせよこれからしばらくゆっくりできるのもいいものだ。今月末には上田に行くことだし、色んな楽しみがある。
健二が両手で佳主馬の頬を包むと、心得たように佳主馬は目を閉じる。口元には微笑。相変わらず綺麗な顔立ちだと思いながらそっと唇を啄ばむ。
ちゅ、ちゅ、と音を立てるだけの小鳥めいたキスは、やがて口腔を忍び入る舌によって深いものへと変わった。
「…ん、んん、ぅ…」
身を乗り上げて口付けに思考を奪われる健二のズボン越し、大きな両手が健二の尻の形を確かめるように掴み、柔く揉んだ。
「ん、ふ、ぁ…っ」
舌をきつく吸われて唇が離れていく。額をくっつけて、目を開けると熱の篭った切れ長の瞳と視線が絡む。23ミリの距離。お互いが足りなくて、足りないから求める。奪う。与える。
年月を経ても変わらない気持ちが、いつだって心の一番大切な部分に棲んでいる。
「健二さん」
甘く掠れた声に、健二はじんわりと汗をかいていた背が、ぞくりと身体を震わせたのを感じた。
ズボンのボタンとファスナーを下ろされて、反応しかかっている健二に気づいた佳主馬が興奮したのを察して身じろぎをする。ご無沙汰なのはお互い様で、だから健二は身体を起こして佳主馬のTシャツを脱がそうと裾を掴んだ。
お互いから発せられる熱気に頭がくらりとして、縋るようにかずまくん、と呼ぶ。
それはしかし突然のチャイム音によってかき消された。
「あ」
誰か来たのかな、と扉のほうを見るとむっとした佳主馬が健二を組み敷く。唐突に視点が切り替わり驚く健二の鼻先をかしり、と甘咬みをした。
「こっち優先」
「ちょっとまってよ、佳主馬くん」
「待てない。どんだけご無沙汰だと思ってるの」
「そ、そうだけど、宅配便かもしれないし」
「不在票残してくれるよ」
そんな会話をしていると、チャイム音が消える。ほらね、と佳主馬は言おうとした次の瞬間、再び同じ音が部屋中に響く。



ピンポーンピンポンピンポンピンポーン



「ッ、クソ!」
止みそうにないそれに、吐き捨てた佳主馬がしぶしぶ起き上がる。
「健二さんはそのままでいて」
「う、うん」
これで新聞の訪問勧誘なら容赦しないと、いらいらしながら佳主馬は玄関の扉を乱暴に開けて、飛び込んできた光景に目を驚きに見開いた。

「遅いよ」
「早くしろよな、佳主馬兄」

高校生になった、又従弟たちが目の前にいた。