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朝ごはんを食べて軽く家事をして、それからしっかりと化粧をした真緒のお供と称して財布だけ持って外へと出た健二と佳主馬は、その三時間後には両手いっぱいの紙袋を肩にかけていた。

「あ、これもかわいー!」
「これは秋でも全然使えるのでお薦めですよ」
「ですよね! 色も組み合わせやすそうだし」
「もしよろしければご試着してみます?」
「お願いします。ちょっと行ってくるね、二人とも」
「ああ…」
「いってらっしゃい」
ひらひらとしたスカートを持って試着室へと向かう真緒の後姿を見送りながら、佳主馬はげんなりと肩を落とした。
「健二さん、何で昨日勝手に予定決めたの…」
「ご、ごめん」
流石に申し訳なく思いながら謝る健二を見下ろして、佳主馬は眉を落とした。
「まあ健二さんが行くなら、どっちにしろ俺も行く羽目になってただろうからいいんだけどさ…。健二さん、女の買い物舐めすぎ」
「は、ははは…。いや、普通に観光したいのかと思ってたっていうか…」
「んなわけないじゃん。外でたら第一に買い物、第二に買い物、第三あたりにやっと甘いものっていうのがあいつらの常識なんだから」
幼いころから陣内家の女たちを間近で見てきた男の言葉は、とても重みがあった。苦笑するしかない健二に、ふと思い出したように佳主馬が尋ねる。
「夏希ねえの買い物とかには付き合わなかったの、健二さん」
「夏希先輩の? うーん、そういえばないな…。どっちかっていうと何か食べにいったりすることのほうが多いし…」
「付き合ってたときも?」
「うん」
美味しいケーキ屋さんがあるから食べに行こうとか、今日は二〇%オフになるからスイーツ食べ放題に行こうとか。
それこそ仲の良い姉弟のような関係を築いている彼女と出かけるときは、付き合っていた期間と今もあまり変わらないような気がする。
「夏希ねえは色気より食い気か」
納得、と佳主馬が頷いていると、試着室のカーテンが開いた。
「健二、佳主馬兄! どう?」
くるり、と一回転すると、淡いピンク色のスカートがふわりと舞う。年頃の女性らしい、しなやかな足が覗いた。身内の欲目でなくても、ひどく可愛らしい。
「似合うよ。可愛い」
「ほんと?」
「さっき似たようなの買ってただろ」
「さっきとはレースの部分が違うんですー。佳主馬兄どこ見てんの?」
「…同じだろ」
「真緒ちゃん、それも買う?」
「うーん、どうしようかなー」
鏡で自分の姿を確認して、肩越しに後ろを見てみたりする真緒に先ほどの店員が近づく。
「わあ、可愛い! お客様、ピンクがよくお似合いですねー!」
「えへへ、そうですか?」
きゃあきゃあ店員と話す真緒を見ながら、はああ、と佳主馬は深くため息をついた。
「佳主馬くん?」
「あと数年後には、俺の妹もああなるのかと思うと…」
「がんばっていっぱい荷物持ちしなね、佳主馬くん!」
「何いってんの、健二さん。確実に健二さんも強制連行に決まってる」
「うん、覚悟しておく…」
ははは、と。乾いた笑いは佳主馬にだけ届き、すぐに人ごみのざわめきに消えてしまった。



ひとまず買い物に満足したらしい真緒が次に向かったのは、ゲームセンターの一角だった。
「ま、ままま、真緒ちゃん、え、ここって」
「知らないの? プリクラ」
縦長の四角いスペースの、ビニールのカーテンのようなものに中が見えないように遮られている。
いや知らないの、って真緒ちゃんさすがに存在自体は知っているけどもね、と内心呟きつつ、言葉がでない健二に変わって同じく顔をひきつらせた佳主馬が首を振った。
「知る知らないの問題じゃなく、ここは男は入っちゃいけない空間だろ…」
周囲には見事に女子中学生から始まって女子高校生、女子大生くらいの女の子たちしかいない。ゲームセンターに入ったときに見かけた男女比率とこの空間の差は恐ろしいほどだ。
「別にいいんじゃない? 禁止とかそんなの、聞いたことないし。私も男友達と一緒に撮ることもあるもん。あ、空いた空いた、はいろー」
ずるずると年上二人の手を引っ張りながら、中へと入る真緒はとても楽しそうだ。

 

機械から響く、やたらとテンションの高い女性の声の後のシャッター音に、真緒に強制させられて上がった唇が引きつる。
『好きなバージョンを三つ選んでねっ!』
「これとこれと、うーん、二人ともあと何か選びたいのある?」
「好きにしろ」
「はいはい、よし、じゃあこれ」
ぴろろん、と可愛らしい音が鳴り、画面がカメラに切り替わる。
「ま、まだ撮るんだ…」
「健二、ポーズポーズ! …あ、せっかくだしチューしちゃえばいいんじゃない?」
「いやいやいや、真緒ちゃん?」
いつぞやの陣内家のチューしろコールが蘇る。冗談を言っているのだろうと思えば、真緒の大きな瞳はきらきらとしていて、佳主馬を見上げれば、あきらめたほうがいい、と首を振っている。分かっている、言い出したら聞かないのは陣内家の特徴である。あとノリで動くところも。
長い付き合いを経て佳主馬のそれにはある程度妥協させることも流すことも覚えた健二はだが、彼以外の陣内家にはいまだ押し切られる。
『はぁい、カメラをじっと見て☆』
「ほら早く、健二!」
ぐいと佳主馬に肩を抱かれて、近づいてくる顔に観念して健二はされるがままになる。ああもうなんでもいいよ、と口の端が笑みのような形をつくる。
『さん、にー、いちっ』
録音された女性の声が最後の数字を言うのと同時、唇に柔らかな感触を感じながら健二は思った。

(…佳主馬くんがこれを携帯に貼るとか言わないことを祈ろう…)




騒がしいゲームセンターから出たとき、健二はひどくぐったりしていた。
「なんだろうね、佳主馬くん、なんかすごく、疲れた気がするよ…」
「……」
健二の呟きに、無言で佳主馬が軽く首の後ろを揉んでくれる。はああ、と安堵のため息を吐き出す健二に、年寄りくさいと真緒は片眉を吊り上げる。
「相変わらず体力ないなあ、もう。健二もいい年なんだから運動したほうがいいよ?」
「すいません…」
「はい、あげる」
三等分されたシールを渡される。可愛らしい文字やスタンプで加工されたそれを、ありがとうと受け取り、これをどうすればいいのか健二は悩む。
ちなみに佳主馬が健二にキスをしている(ちなみに真緒はそれを見上げて笑っている)写真は、二人の顔を中心にハートに囲まれていた。…本当にこれ、どうしよう。
「佳主馬兄、携帯にでも貼れば?」
「いや、それは健二さんが嫌がるだろうからやめとく」
「佳主馬くん…!」
ちゃんと自分のことを考えていてくれたことに健二は感動する。そんな彼に甘い笑みを浮かべて、佳主馬は分かっているといいたげに一つ頷いた。
「その代わり真緒、このデータごと後で送って」
「了解ー」
「………あれ?」