6


遅めの昼食はおしゃれなイタリアンレストランに入った。健二がおごってくれるというので甘えて、美味しいパスタとデザートで満腹になった真緒は満足げなため息をつきながらレストランを出る。
「はーっ、美味しかった!」
「真緒ちゃんよく食べたねえ」
「お腹空いてたもん。健二、ありがとう、ごちそうさま」
「どういたしまして」
「服もいっぱい買ったし、美味しいもの食べたし、やっぱりこっち来てよかったなー。ストレス発散って大事だよね」
「ストレス発散?」
聞き返されて真緒はぎこちなく肩をすくめてみせる。
「…え、う、うん。私だってストレスの一つや二つあって当たり前でしょ? 健二だってストレス解消に買い物とか、……あー」
「真緒ちゃん?」
不思議そうな健二を見て、真緒は私が馬鹿だったと頭を振った。数学馬鹿の健二に向かって、ストレス解消に何をするか訊くだなんてまったく意味のないことだ。
「健二は買い物より数学のほうがよっぽどストレス解消か」
「ああ、うん、そうだね。買い物は疲れるし…」
のほほんと笑う健二の横で、ふと佳主馬が二人の会話を遮った。
「真緒、お前、帰りはどうするんだ?」
「普通に新幹線で帰るよ?」
「そういう意味じゃない」
「これから東京駅行くつもりだったけど」
たった一日だったけれど実際気分も浮上したし、来てよかったと思う。何も決着はついていないし、自分の気持ちすらも整理がついていないのは事実だけれど。
ただ少しの間だけ、放ってほしかっただけだ。一日だけでいいから、何も考えない時間が欲しかった。
無意識に硬い表情になった真緒の顔を、健二が覗き込む。
「真緒ちゃん、もう帰りの切符買った?」
「ううん、まだ」
「じゃあ、もう一泊しない?」
「え」
「健二さん?」
一瞬健二と佳主馬の視線が交わり、佳主馬は口を閉じて代わりに片眉を軽く上げてみせた。無言の二人のやり取りに、真緒は気づかないまま健二の言ったことを繰り返す。
「もう一泊?」
「うん」
人ごみのざわめきが一瞬遠ざかる。大通りを歩きながら、真緒はぽかんと健二を見上げる。予想だにしていなかった誘いだ。
「で、でも流石に悪いし」
「家族なんだから遠慮しないって昔僕に言ったのは、君たちなのに。…ええと、気のせいだったらごめん。もしかしたら何か言いたいことがあるんじゃないかなって思ったんだ」
「…っ!」
ぎょっとする真緒に、健二はやんわりとした笑みを彼女に見せた。
「勿論帰りたければそれに越したことはないんだけど」
いつの間に彼はこんなに鋭くなったのだろう。そう思って、だがそんなことはないかと真緒は思い直す。そうだ、健二は昔から周りの人間の機微に聡い人だった。その分自分自身に対する感情は鈍いのだけれど。
自分に注がれる眼差しは紛れもなく家族の温もりを感じさせて、真緒は知らず肩の力を抜く。
「………本当に迷惑じゃない?」
「全然。迷惑だったら最初から言わないよ」
「佳主馬兄も?」
「いまさらだろ」
肩をすくめる又従兄と健二が自分を見る目はとても似ていて、なんだかなあ、と真緒は苦笑した。何だかんだいって、やっぱり二人は大人なのだ。年齢からいえば真緒だってあと一年で成人になるけれど、まだまだ自分は子どもだと思ってしまう。彼らに甘やかされて嬉しくなってしまうのが、その証拠だ。
「じゃあ、もう一晩。お世話になります」
頭を下げた真緒に、健二はこちらこそとお辞儀をし返す。
なんで健二まで頭下げんの、と呆れて真緒が言えば、佳主馬も似たような顔をしていて頷いた。