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真緒が自宅に帰宅したのは、ちょうど夕飯の支度をそろそろ始めるかなという時間帯だった。
「ただいまー」
「おかえり」
一昨日とは打って変わった晴れやかな表情で帰ってきた娘を出迎えた典子は、やはり健二たちのところに行って正解だったのだろうと小さく笑う。
「佳主馬と健二くん、元気だった?」
「うん、この前会ったときと全然変わってなかった。一ヶ月しか経ってないから当たり前だけどね。あ、ねえ、私健二と一緒にご飯作ったよ」
「健二くんと? どうだった?」
「楽しかった! 計量とかすごい丁寧にやるとことかすごく健二らしかったし」
「ああうん、想像できるわ」
いかに健二が数学を愛しているか、陣内家の人間で知らないものなどいない。どんな些細な、それこそこんなことまで?と思うことにすら数学を結びつけることが得意な健二のことだ、料理も同じ理由で楽しんでいるのだろう。
「そういえば、前に真悟たちが泊まりに行ったとき」
「?」
「帰ってきてからあの子なんて言ったと思う? 健二くんが強くなってて、佳主馬が翻弄されてた、ですって」
ころころと笑う母の言葉に、思わず真緒は吹き出す。実に的確な表現だ。
「間違ってなかったけどね」
「へえ、ほんとに?」
「うん、あんな健二初めて見たもん。想像できる? 健二、佳主馬兄にむかつくときがあると佳主馬兄の嫌いなものだけでご飯作ったりするんだって」
「…あの健二くん?」
「そう、あの健二が」
典子は目を瞠った。彼女が知っている健二からはたしかに想像もつかない。
「意外とやるわ…」
「ね。…でも何かね、うん、当たり前だけど、すごく家族っていう感じがした」
ふ、と小さく笑う娘は本当に嬉しそうだ。普段上田で見ているそれとは違う彼らの一面は、真緒にとってもいいものだったようだ。
「そういえば真悟は?」
「祐平と遊びに行ってる」
「また? あいつ中間テスト近くなかった?」
「赤点取ったら承知しないっていっておいたけどね、一応」
真悟のことだ、どうせテスト期間前日になったら詰め込むのだろう。
「今はともかく、来年どうするのかしらね。もし進学するんだったら、ちゃんと勉強しないとだし」
「…まあ大丈夫じゃない? そこは」
決めるところに対しては意外ときっちりしている弟だから、と真緒が肩をすくめると、典子はため息をひとつついて苦笑した。心配性になりすぎるのもよくない。
「そうね。あ、夕飯手伝ってくれる?」
「いいよ。ちょっと待って、荷物置いてくる」
くい、とバッグを片手に見せて、軽快な足取りで階段を上っていくその後姿を典子は見送った。



自室に戻った真緒はバッグを床に置いて、真緒はぼすん、と音をたててベッドに座り、天井を見上げる。
「意外と近かったな」
新幹線を使えば、本当にあっという間だ。一人で行くとなおさらその距離の近さを実感する。
結果的に、散々健二たちに甘えてしまったなと真緒は苦笑する。許されるのが家族だからだと、分かっているけれど。
ぽちぽちと健二にお礼メールを送ってから、真緒は上半身をむくりと起こした。
新規のメール画面を開く。真剣な顔で、数行の文を打つ。送信ボタンを押してから吐息を洩らす。そして次の瞬間、ぶぶぶ、と振動を始めた手の中の携帯にぎょっとして、真緒は思わず「早すぎ」と呟いた。
こくりと息を飲んでから、通話ボタンを押す。
「――もしもし」
電話越し、少しぐもった声は緊張のためか掠れていて、そんなことに少し安心する自分に気づいた。きっと自分よりも、緊張しているのだ。
ちゃんと向き合って、話をしよう。そう告げるために、真緒は口を開いた。