まだ小学生だったころから、彼らが一緒にいることを当然のことのように思っていた。
たぶん二人が恋人同士になるよりも前。きっと少し年の離れた友人としての距離があったときでさえ、自分の目には――自分だけではない、おそらく弟や従弟たちから見てもそうだろう――二人が一人と一人ではなく、一組のペアみたいに一緒にいるのは当たり前で。
だからその何年か後に、彼らが恋人同士なのだと家族の前で告げたときも驚くよりも納得してしまったのだ。

同性であることを問題視するよりも、家族の前で、畳の上、絡み合う指先と二人がお互いを見る目の熱がとても綺麗で、――おそらく恋に対して明確なビジョンを、夢を持ってしまったのはそれからだ。






She says,








バタンッ!激しく閉じられた扉の音に、廊下に顔だけ覗かせた典子は目を丸くした。
「おかえり」
「………ただいま」
むすりとしたまま返事をした娘は、荒々しい足並みでリビングに向かう。
眉間に浮いた縦皺と、きつく結ばれた唇。絵に描いたような不機嫌な顔に、何かあったのかしらと典子は息をつく。そういうときの顔つきは、夫である頼彦にそっくりだ。その代わり、感情の爆発の仕方は自分に似ている。三歳年下の真悟と昔から取っ組み合いをして育ったため、昔はなかなか喧嘩早かった。
女らしいとはとてもいえない動作でどかりと椅子に座った真緒は、テレビのワイドショーがつまらなかったのかリモコンでチャンネルを変えた。どうみてもテレビに意識はいっていない。典子は切った林檎を皿に置いて彼女に差し出した。
「…ありがと」
「高校のころの友達と遊びに行ってたんでしょ?」
しゃりしゃりと林檎を齧るいい音が聞こえる。ぶすりとむくれたまま頷く真緒に、高校のころの友達って、と典子は記憶を探る。地元の高校に通っていた真緒の友人たちは、ほとんどが中学からの持ち上がりといっていい。男女の区別なく友達が多かったようだが、そのなかでもたびたび家に遊びに来たりして仲が良かったのは――。
「みきちゃんとか、ちあきちゃんとか、まつく」
ん、と続ける予定だった声は、ばん、と強めにテーブルを叩く音で遮られた。目を瞬かせる典子を、睨まんばかりの目で見た真緒は唸るように言った。
「お母さん、私これから東京行ってきていい?」
「これからってあんた、日帰りで?」
「泊まる」
「どこに」
「佳主馬兄と健二のところ。駄目?」
姉という立場上譲ることも知っている真緒はしかし、弟の真悟と同様言い出したら聞かないところがある。東京に暮らしている親類の名前に、そういえばこの夏息子たちも彼らのところにお世話になったと思い出す。
「ちゃんと向こうの許可はとったんでしょうね?」
「いいって言ってたらいいでしょ?」
「別にかまわないけど。ああ、おみやげに林檎持っていって」
「うん、準備してくるね」
「はいはい」
あっさりと望んだ返事を与えられた真緒は、ようやく表情を和らげて席を立った。



『最近忙しい?』

絵文字も何もない、文章だけのそっけないメールを羽を持った新幹線のアバターが送ってくれる。
ぱちん、と携帯電話を閉じて真緒はほっと息をついた。どうやらまだ健二たちに何も言ってないことは母にはバレなかったようだ。
佳主馬は多分良いというだろうと予想はできるが、健二はいい顔をしないだろう。年頃の女の子が男しか住んでいないところに泊まるなんていけません!今年の夏、真悟と祐平が泊まっていたから今度自分も泊まりに行きたいと上田で言ったらそんなことを言われた。別にそんなこと関係ないし、大体佳主馬と健二のところならまずもって安全なのに。
でもだからこそ、奇襲する方がいい。
ブブブ、と携帯が震える。届いたメールを開くと、ブサ可愛いリスがメールを差し出してくれる。
『そんなことないよ。僕はちょうど研究がひと段落ついたところで、佳主馬くんもそろそろ楽になるみたい。典子さんや頼彦さん、真悟くんは元気ですか?』
彼の口調そのままのメールに、真緒の口元が綻ぶ。
『うん、元気。相変わらず真悟はうるさい』
いつものメールならもっと絵文字もデコメも使うのに、何故か彼相手だとあまり使おうとは思わない。何故かは自分でも分からないけれど、別に向こうだって気にしていないからそれでいいと思う。
「さて、と」
小旅行用のバッグに必要なものをどんどん詰め込む。男二人の住まいに女の必需品は期待できない。化粧水やローションもあった方がいい。一泊だけならそれほど荷物も必要ないけれど、念のため二泊分。下着や服も詰めて、少しバッグに余裕がある程度に詰められた。
肩に下げてもそれほど重たくはない。これでよし。
階段を下りてリビングを覗くと、母はバラエティー番組を見ていた。
「おかーさん、行ってきます」
「もう行くの? 早いわねー」
「暗くなる前に東京着きたいし」
「それもそうね。あ、これこれ」
二人に渡しておいて、と中身の詰まったビニール袋を手渡される。重い。林檎だけじゃないの、と中を見るとタッパーが入っていた。
「何これ」
「佃煮。健二くん好きでしょ」
「ああ、そうだったかも」
今年に入ってからようやく上田の家にいるときに台所の手伝いをするようになった真緒は、まだまだ食べている人の様子まで気にかけることはしない。健二は基本的に好き嫌いを主張しないから(それは食べ物に限ったことではないが)、余計だ。
「分かった。渡しておくね」
「よろしく。迷惑かけるんじゃないわよ」
「私は真悟や祐平とは違うもん」
「どうだかねえ」
意味深に笑う母に、何か気づかれているのではないかと真緒はぎくりとした。だがそれに気づかないはずのない典子は特に追及もせず、とにかく、と肩をすくめる。
「無事向こうに着いたら知らせて」
「はーい。じゃあ、行って来ます」
「いってらっしゃい。二人によろしくね」
母に見送られて家を出た真緒は、時刻を確認する。二時十分。これから駅に向かって、接続が良ければ六時くらいには東京に着くだろう。
自転車にバッグを乗せて走っていると、風を感じる。馴染んだそれに、先ほど聞いたばかりの声が蘇る。



『真緒、俺――』



ぐん、とペダルに力が篭る。ああもう、いらいらする!前かがみになってスピードをつける。忘れてしまえば無かったことにできるのに、変わらないままでいられるのに。
苛立ちとは別の感情で荒立つ心を宥めるように、風が真緒の頬をくすぐる。駐輪場が見えてきて初めて、走り続けた自転車がキキーッ、と錆びれたブレーキ音とともにスピードを落とした。