寒いからキスがしたい。
と言ったら無言でくまのぬいぐるみが押し付けられた。しっかり、きっちり、ごわごわとしたぼんやりとした笑みが、俺の唇を奪った。
「…健二さん」
「はい、温かくなったねー。よかったねー」
参考書を読んでいる健二さんは顔も上げない。けれど俺の話を聞いているということは、まだ数学の世界に全身浸っているわけではないということだ。これならもう一押し。
寒いのは嫌いじゃない。くっつく理由になる。暑いのも理由になる。頭がおかしくなるかんじがいい。四季の全部を理由にして、健二さんと結びつける俺を彼は笑う。
ばかだなあ。呆れているというよりもどこか照れた笑顔で。俺はそれを見るのが何よりも好きで。もっと馬鹿って言って欲しい。
「全然温かくならないよ、健二さん」
「風呂入りなよ」
「うん、そうだね。入ろうか、健二さん」
「僕はいい」
目は参考書から離れず、これで無理やり分厚い本と引き離せば間違いなく蹴りが飛んでくる。(健二さんは足癖が悪い。寝相も悪い)
どうしようと考えて、黙り込む。沈黙の上で、時計の秒針が小さな音を立てた。
ふ、と吐息が洩れて、健二さんが顔を上げた。俺を見て、口の端をやんわりと上げる。
「風呂、入ればいいのに」
「うん」
「僕はまだ読んでるよ」
「知ってる」
「…佳主馬くん」
おいで、と目で促される。鳶色。俺のいっとう好きな色。誘われるままにふらふら、健二さんの横に座って、それから降ってきたキスに目尻がたわむ。
「温まった?」
「温まった」
「もっと?」
「そう、もっと」
健二さんが肩をすくめて笑う。軽やかな笑いに同調して、俺も笑う。
「仕方ないか。寒いから」
「そうそう。真冬だから」
ぱたりと参考書が閉じられた。
そうしてしまえば二人して温かくなるのに何の障害もなくて、結局のところ何だって理由にするのは、俺も健二さんも同じなのだ。