走り出したら止まれない



のし、と背中から感じる重さに健二は小さく笑った。馴染んだ感覚と同時、左右両方の脇越しから腕が伸びてきて、丁度臍の上あたりに緩く両手が重なった。脇から見える健康的に焼けた腕は引き締まった筋肉がしっかりとついていて、その先の手は健二のそれよりも大きい。年下の恋人は中学を卒業する年には健二を見下ろすようになっていて、ましてや高校生活が残り半分を切った今となっては身長の差は2桁になった。ここまでくるとうらやましいを通り越して、たけのこみたいだと感心するしかない。
無言のままごろごろと猫のように懐く佳主馬は、健二を離す気は毛頭ないようだ。
「おんぶお化けみたいだ」
笑いながら言うと、佳主馬は後ろ頭に顔を埋めて、すんと鼻を鳴らした。
「別にいいよ」
「今の佳主馬くんを見たら皆びっくりするだろうなあ」
いつもクールなあの佳主馬くんがおんぶ抱っこだなんて!
基本的に無表情がいることが多く、口数も多くない佳主馬が、今のようにくっついていたら驚かずにはいられないはずだ。
「…」
「佳主馬くん?」
「人前でしてもいいならするけど?」
それこそ、おんぶだけとは言わず。
耳元で囁かれ健二は次の瞬間かっと頬を赤らめた。低く艶を滲ませたそれは、基本的には寝室でしか聞けないもの。頬ばかりか耳までも染まった朱に、確信犯はにんまりと目を細めた。ぐ、と健二を囲った腕に力を込める。
「ねぇ、健二さん?」
「〜〜〜っ!からかわないでよ佳主馬くん!」
「…まあ、照れ屋だから無理か」
健二の反応の良さにくつりと笑って一言。
「僕は周囲なんて気にならないからいいんだけど」
「ああ、うん、佳主馬くんはそうだよね…」
興味ないというよりは、気にするだけ時間の無駄だと切り捨てるだろう。
遠い目をする健二の頭に顎をのせて、佳主馬は気づかれないように息をついた。若干の呆れを含ませて。
(付き合う前は健二さんだって、周囲なんて気にしなかったくせに)
それこそ上田のうちの縁側で、眠たくなったからと膝枕をせがんでも、身体が細いと抱きしめても、若干照れくさそうに笑うものの拒むでもなし。親戚連中が呆れた視線を寄越していたことなど気づいてもいなかった。
誰が男相手に親しいからといってくっ付きたがるか(別に女相手にでもくっつきたいとは思わないけれど)。弟分、よくて年下の友人としてしか見てもらえないジレンマを今でも思い出す。あのポジションで好き勝手で切ればもう少し楽しめたのかもしれないが、当時はそんな余裕なんてなかった。少し近づくだけでもばくばくと五月蝿い心臓の音がバレてしまわないかと思ったし、この気持ちが気づかれることが怖かった。なのに当の本人はいつもの笑顔で、心を完全にゆるしていることを言葉なしに伝えてくる。必死でごまかそうとしていたが、当時の自分はアレだ、生殺し状態だった。

「佳主馬くん?」

「なに?」
「ううん、突然黙り込んだからどうしたのかと思って」
「別に。ちょっと昔のことを思い出しただけ」
「ふうん?」
小首をかしげるその仕草で、さらりと健二の後ろ髪が揺れた。首の付け根で隠れていた部分が一瞬見える。佳主馬は誘われるままそこに舌を這わせた。ぴちゃり、と濡れた音がした。

「…っ!かっ、かずまくん!」
「……」

返事をする代わりに佳主馬は舌に触れたその場所を、唇できつく吸い付いた。ひっ、と健二が咽の奥から声を漏らす。あ、やばいかも。カチリとスイッチが入る。健二の腹の上でじっとしていた手が、Tシャツの裾に忍び入る。できたばかりの花びらの痕が身体の奥で燈る炎を明確なものにした。
「ちょっ、ま、まだ昼だから…!」
「うん、そうだけど。…ごめん」
止まれないかも。
言い訳は後でするから、と健二の頭を抑えて上から唇を重ねる。呻き声が艶をおびるそれに変わり、畳の上にTシャツとタンクトップが重なるまであと3分。








高校生と大学生。
(つまりはお年頃だということ)

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