タイム・トゥ・スタート
コンビニの店員健二さんと高校生佳主馬くん
「すみません、まだバイトって募集していますか」
毎日二一時半。決まった時間にやってくる高校生の言葉に、健二はレジを打っていた手を止めた。
「はい、まだ募集しています」
「バイト、したいんですけど」
随分かっこいい子だな、と初めて見たとき思ったことを覚えている。さらりとした黒髪が揺れて、前髪にかくされた右目が見えた。このあたりでは進学校と名高い久遠寺高校のブレザー。実は健二の母校でもある。後輩相手だと思うと親近感が湧いてきて、彼を相手にするといつも健二は営業用ではない笑みを浮かべてしまう。
「わかりました。一応面接するから、今度履歴書を持ってきてもらってもいいかな?」
「明日、持ってきます」
「ええと、それじゃあ明日のこの時間…九時半で構わない?」
「はい」
いつもこの時間帯はそれほど混んでいない。バイトにまかせても問題ないだろうと思い、時刻を指定すると彼はこくりと頷いた。
「お待ちしております。合計315円になります」
にっこりと笑い、金額を告げるとぴったりの小銭を出される。
「袋はいりません」
「ありがとうございます。こちら商品とレシートです。ありがとうございました」
決まり文句は意識しなくてもすらすら口からついて出る。軽く頭を下げると、商品を手にした彼は口の端を弛めて、「じゃあまた明日、来ます」と言って去っていった。
若いのにしっかりした子だと感心しながら、健二はとなりのレジに並んでいた客に、「お待ちのお客様、こちらへどうぞ」と声をかけた。
***
初めて長い会話ができた。佳主馬は小さくガッツポーズをした。
真冬のきんとした寒さにもかかわらず、握った拳は興奮のためか、温かい。
初めてあのコンビニで彼を見かけてから、佳主馬はずっと通いつめている。コンビニの店員なんて、気にもしたことないのに彼だけが初めから特別だった。
(小磯、さん)
下の名前は何ていうんだろう。ネームプレートに表示された苗字なんて一瞬で覚えた。雰囲気が穏やかな、人。
つい先日5限の国語の最中、指先が紙にかすって血がでた。すぐに止まったが学校から帰るころには乾燥のためか再び血が滲み出していた。
気にならなかったのでそのままにして、コンビニに寄って彼の前にペットボトルを出すと、その際に目に付いたらしく彼はわずかに眉をしかめた。
「お客様、指から血が…」
「ああ、大丈夫です。そのうち止まると思うし」
「でも、あ、少々お待ちください!」
言うなり腰をかがめた彼は、すぐに目当てのものを取り出した。絆創膏だ。
佳主馬の手をとり傷口にそれをさっと貼る。
「すみません、出過ぎた真似をしました」
「いえ、ありがとうございます」
お礼を言うと、彼は小さく笑ってどういたしまして、と応えた。
たぶんそれが、決定打。
入り口に貼られたばかりのバイト募集の紙を見つけたのは収穫だった。
あそこでバイトして少しでも彼との距離を縮めようと決意したのは昨夜のことで、おかげで緊張して満足に眠れなかった。(アドレナリンの所為かそれでも身体に不調はなかった)
満月がきらきらとして、まぶしい。帰ったらすぐに履歴書を書こうと、佳主馬は静かな夜道を急いだ。
茶会での宿題その一。
短い上にラブがない!笑
その後バイトを無事始めた佳主馬くんは面接終了後下の名前を聞くなり、「じゃあ健二さんて呼ぶから」「え、あ、うん」「だから健二さんは俺のことも名前で呼んで」「か、佳主馬くん…?」「うん」みたいな会話があるようなないような。…でしたよね?笑←
あとで高校のOBと知った佳主馬くんは高校話を口実にどんどん仲良くなっていきます。
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