しんと静まり返った部屋の中、唯一していた二つの寝息のうちの、一つがなくなった。
うっすらと目を開いて、とろんとした眼を時折重い瞼が覆い隠そうとする。少年のものにしては長い睫が、ゆうらり揺れる。 ぼんやりと天井を眺めながら、財前はここがどこだったかつかの間考える。ここ、ああそうだ、自分の部屋だった。 右腕に感じる温かいものに無意識に寄り添いながら、ふとそちらをみる。ゆるい顔で眠っている、金髪の先輩に、寝ぼけ眼をぱしぱしと瞬きさせる。 謙也さん、あほづら。
呟きは空気を揺らがせることなく、口の中で溶けた。ほんま、アホ面や。そう口の端を緩める自分の顔がクールな天才財前くんと名高い普段の自分しか知らないクラスメイトたちには見せられないものだなんて自覚はない。
自分の腕を折り曲げて枕にして、財前の方に顔を向けて寝ている彼は、先輩でダブルスの相手で、それから何だか不健全な関係も持っている。ふけんぜん。たまには泊まりに行くような。人気のない教室の片隅で、熱を交わしたりするような。
(不健全、てなんや、いかがわしいよりやらしいわ)
うっすらと開いた唇、白い歯が覗いて、吐息が聞こえる。歯の羅列を舌でなぞって、舌を絡ませて、苦しいくらいのやらしいキスがしたい。頭の裏側がじんとしびれる感じがして、財前は猫のようだと言われる切れ目を細める。
中学生なんて箸が転がっても発情する生き物だと、前に読んだ雑誌に書いてあった。ということは、健全な証といえなくもないだろう。その対象が自分よりも大人に近づきつつある、身長も高い、同性であってもまあそれはそれっちゅーこと。
表情を変えないまま悶々としていると、ふいに謙也は唸った。目が覚めたのだろうかと見守っていると、枕にしていない右手で何やら周囲を探っている。財前と謙也の間の隙間、それから財前の肩に触れて、そのままぐいと無造作に引っ張る。

「な…」
「…ん」

起きたのかと尋ねようとして、だがすぐにより密着した状態での謙也の寝息に気づく。
眠ったままの無意識の行動に、財前は力を抜いた。
さっきよりも近い距離、鼻の先に吐息がかかる。静かな呼吸音と、心臓の音。ぬくもり。
ガラス越しに日差しはぽかぽか暖かくて、財前はまた眠くなってくる。くあ、と欠伸をひとつ。
もそもそと身体を少し移動させて、謙也が枕代わりにしている彼の腕の先、肘の辺りに頭を乗せる。枕よりも固い感触、まあでも悪くはない。もう一度欠伸をして、滲んだ涙をこすることもせず、財前はゆっくりと瞼を閉じた。



(とある休日の、平和な一コマ)