俺の親友が犬になりました。
勝手知ったる財前の家に遊びに行った白石は、その光景に息をついた。
「座んないんすか、部長」
別にそこでつったっててもいいんなら好きにしたってください。
いつもと変わらないそっけなさで財前はクッションを勧めた。お言葉に甘えて、と腰を下ろす。
部屋に入ったときからこの空間の人口密度は3人とやや高い。いや、2人と1匹なんやっけ。白石は財前の膝に頭を乗せて満足げな親友を半目で見やる。
「謙也―」
「?」
きょとんとこちらに視線をやって、なんやと言葉にはしないまま問いかける。ああそうやった、こいつほんま馬鹿正直に顔に出すから喋んなくても会話できるんやった。
「…いや、なんでもないわ」
いぶかしげな顔をしてから、それならいいかと視線を逸らす。その間も財前の手は謙也の頭を撫でていて、そして謙也の首にはしっかりと首輪がついている。
彼らにとっての当たり前、にすでに半分馴染んでいる自分の順応力の高さには恐れ入る。白石は半ば自画自賛をしながら、テーブルに出されたお菓子に手を伸ばした。
謙也さん、飼うことにしたんすわ。
天才と名高い後輩が、白石にそう打ち明けたのは2週間ほど前のことだった。
後輩と親友が同姓ながら情を交わした仲であることは百も承知していたので、白石は笑いながら躾はちゃんとせなあかんでーと乗ってみた。無表情に近い顔で、こくりと頷いた財前の、本気を知ったのはその次の日である。
財前の家を訪ねた白石を迎えたのは、首輪をつけた謙也だった。
アブノーマルなプレイの最中だったかと思った白石を当然のように迎えて、財前は謙也にお座り、待て、お手、と本物の犬に対するように命じた後、あと躾ってどういうことしないといけないんでしたっけ、と白石に尋ねたのだ。あ、こいつ本気や。そう悟った瞬間思わず親友の顔を見たが、当の本人はいつもの財前にわがままを言われたときのような、しゃあないわと言いたげな、つまりは財前特有の分かりにくい甘えをきいてやるときの顔をしてたのでため息一つで受け入れるしかなかった。
そして2週間後には、これである。
財前の膝上に頭を乗せたまま、伸びをした謙也はそのまま身体を起こして財前の首元に顔を摺り寄せる。ごろごろと咽を鳴らしそうな勢いで、猫のように。それからふんふんと匂いをかいで、満足そうにべろんと首を舐める。頬と頬を擦り付けて、頭を振る。
財前はというと、謙也の行動に別段何を言うでもなく、金髪の頭をわしゃわしゃと乱雑に撫でる。
「謙也さん」
見えない尻尾が見える気すらしてくる。いちゃついているんだか単なる飼い主と飼い犬?のスキンシップだか、いや両方かと白石は口の中でクッキーを噛み砕いた。
こんな光景、ユウジと小春が見たら大騒ぎやで。そう告げようとしたとき、財前がこちらを向いた。
「部長」
「なんや」
「俺の犬、かわええでしょ」
ぴたりと謙也の動きが止まる。かわええのはお前やろ、そう言いたげな目をした親友の顔を見た瞬間、白石の口から大仰なため息が洩れた。
「かわええっちゅーにはちょおでかすぎるわ」
「そうすか」
首を傾げる後輩は、全くもってマイペースだった。
「そろそろ俺帰るわ」
「まだ来たばっかですけど」
「お前ら見てたら俺もガブリエルに会いたくなった。ほなまたな」
「はあ」
一人と一匹?に手を振って部屋から出た後、白石は本日何度目かになるか分からないため息をつく。あかん、幸せ逃げてく。
「そういや財前って、飽きっぽくないやつやったな…」
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ぽつりとした独り言は誰に聞かれるわけでもなく、空中に消える。
犬になった親友がいつ人間に戻るのか、それは聖書といえど分からなかった。