「おいしい」
さも意外そうに呟いた自分に、包丁を置いて彼女はパッと振り向いた。
「ほ、本当ですか!?」
「うん。…ねえ、これまだある?」
「里芋のあげだしですか?ありますよ」
ちょっと待っててください、と花がほころぶように笑んだ彼女に先ほどまでの緊張と不安は見られない。その笑顔に見惚れ、気づくと声をかけていた。
「ねえ、君。名前は?」
「つ、綱吉、です。沢田、綱吉」
男の子みたいな名前でしょう?苦笑しながらもらす彼女に、そうかもしれないけど、と呟いて、
「でも良い名前だ。綱吉、…うん、僕は好きだ」
一人頷いていると、彼女――沢田綱吉は只でさえ大きな瞳をこれでもかというほど開いてこちらを凝視している。固まっている彼女に首をかしげる。
「綱吉?」
「は、はははい!?」
頬どころか顔全体に朱色を散らせてどもりながら返事を返された。なんだろうと思いながらも、そこには触れず、
「僕は恭弥、」
「きょうや、さん」
「うん。そう呼びなよ」
(気まぐれと偶然で古びた店の扉を潜る)
(出会ったのは泣いていた彼女と美味しい食事と、秘めやかな 恋)