その小さな店は並盛の外れにあった。都心へと繋がる方向とは正反対の、つまりは田舎よりにポツンと建つ、いかにも個人が経営しているようなそれ。傍から見たらやっていけるのだろうかと余計な心配をしていまいそうなほどに古びた和食処。そこが、沢田綱吉の店であった。



ガララッ、

お世辞にも広いとは言い難い店内に、扉が開く音が響いた。綱吉があわてて顔を出す前に、非常に優秀な従業員たち、京子と花がにこやかに声を上げる。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ、ってやだ、山本じゃん」
「ちーす、カウンターに座っていいか?」
「どうぞ。ツナ君、お通し一丁お願い」
「うん」

小鉢サイズのお通しを冷蔵庫から出して、切ったねぎをまぶしてからそれを京子に渡すと、綱吉は厨房から顔を出す。

「いらっしゃいませ、山本、久しぶり」
「おう、久しぶりなのな。最近忙しくてさ。暇くれねーの、まいったぜ」
「うん、がんばってるよね。テレビでいつも見てるよ」
「サンキュー!ツナに見てもらえてると思うと、すっげー嬉しい」

ニカッと学生の頃から変わらない笑顔で山本はそう言った。ぷは、と生ビールを呑んで、お通しに箸を運ばせるその様子を微笑ましげに見て、綱吉は友人のために料理を作り始める。

「獄寺もよく来るんだろ?」
「客としては、そうだね、3日に1度くらいかな?あとはお酒を運びに来てくれるから」

2日に1回は会うよ。
そう笑う綱吉に山本は苦笑した。獄寺も変わってなさそうだ。

「じゃあいい客だろ」
「う「でももっといい客がいるんだよねぇ」

頷いた綱吉の声をさえぎるようにして、花が言った。笑いを含んだそれに山本がきょとんとし、反対に綱吉は、あ、と呟いて赤くなった。

「へえ、獄寺よりもか。そりゃすげえな」
「そうよ、すっごいいい客。開店初日からのご贔屓さんだもんね」

ね、沢田。
にやにやとわざとらしくこちらを向いてウインクする花を必死で見ないようにしながら綱吉は下を向いて料理に集中しているフリをする。頬どころか額まで染まった赤で、ばればれであったが。
そんな綱吉の様子に、視線だけで花と京子に問いかけると、二人は黙って首を振った。男には内緒、てか。内心でそう呟き、山本は気づかないふりで会話を進める。

「じゃあこの店も安泰だな。また皆でここに集まろうぜ。そうだツナ、坊主は元気か?」

話題が従兄弟の話になり、綱吉はほっとしたように顔を上げる。

「リボーン?うん、元気だと思うよ。って言ってもオレも最近会ってないから何ともいえないけど。今は会社の出張でイタリアに行ってる」
「相変わらす忙しそうなのな」

綱吉の従兄弟のリボーンは謎の人物だ。会社を立ち上げてそこを成長させたら別の会社に転職し(しかも一社員としてだ)、かと思えば突然修行と称して戦争地域を旅したりしている。天才の名をほしいままにする、綱吉らとは5つほど年下の青年。そもそもこの店からして、ある日ひょっこり現れたリボーンがこの店と土地の権利書を綱吉に渡したことから始まったのだ。曰く、おめーは料理くらいしか取得がねーんだから、この店くらい繁盛させてみろ。就職先のレストランから追い出され途方にくれていた綱吉は仕方なくその話に乗ったのが2年前。おっとりとした性格の彼女が店を創めたことを心配して、半年ほどたって高校からの友人である京子と花が加勢として勤め始めて以来、繁盛しているとは言い難いが生活していける程度にはやっていけている。

「はい、いつもの」
「うお、うまそう。サンキュー」

いただきます。
厨房から渡された何品かの料理に目を輝かせて、山本は食べることに集中しだした。