学生時代から変わらない健啖家ぶりを見せ、近いうちにまた来ると言って山本は去っていった。忙しいと文句を言いながらも、野球選手になるという子どもの頃からの夢を叶えてから日々の生活に満足しているのだろう、そんな充実感をかもしだしており、綱吉は久しぶりに会えた親友を笑顔で見送った。



閉店時刻になるまで彼女らは忙しく働く。ほぼ常連客なので気心もしれているこの店は、不思議と性質の悪い客が来ることはない。いくら町の外れにあるとはいえ、そういった連中はどこにでもいるというのに、だ。花は内心首をかしげていたが、おっとりとした天然な綱吉がさして疑問を持つことはなかった。今日も客は皆酒でほんのりと赤らんだ顔で、それでもしっかりとした足取りでご馳走様でした、と礼儀正しく去っていく。閉店5分ほど前になり最後の客が出て行くと、京子は一言断ってから表の札を裏返して『営業中』から『閉店』にした。片付けをすべて終わらせたあたりから無意識のうちにちらちらと時計を盗み見、そわそわとした様子で料理を作り始める綱吉を楽しげに見やって、花は聞こえないように呟いた。

「ほんと、可愛い子」






その客が来るのは決まって深夜0時だ。

「いらっしゃいませ」
「うん」

綱吉はいつものようにその客の後ろにまわり、黒いコートに手をかけた。触り心地だけで値段の高さが想像できるようなそれを男はするりと脱ぎ、綱吉に任せる。背の高い、雰囲気のある男だ。一般的に見たらかなりやせている部類にはいるだろうその身体は不思議と力強さを感じさせ、隙を微塵と見せない。漆黒の髪に同じ色の切れ長の瞳はストイックな色気を纏わせている。

預かったコートをハンガーに掛け、ちらりと厨房を見ると京子と花はにこにこと(片方はにやにやと)笑いながら黙って頷いている。かあ、と思わず頬を染め、綱吉は男にそれを気付かれぬよう俯いて言った。

「奥へどうぞ」

彼は頷き、猫のようにしなやかに足音も立てずに慣れた様子で奥の個室へと向かった。


店の奥にある個室の存在を知るものは少ない。奥のトイレの角を曲がったところにある、3畳ほどの小さな個室だ。知っているのは綱吉と京子と花と、この店の権利書をくれたリボーン、それに今の客のみだ。
特に隠している訳ではないが、教えてはいない。一見物置部屋のようなそこをわざわざ開けるような物好きはいないが、万が一店が満席の時だったとしてもその部屋は使われない。店の責任者である、綱吉が許可を出さないからだ。
働き始めた初日に疑問を持った京子も花も、その夜10時になると同時に素早く表の札を『閉店』にして、いそいそと料理を作り始め、そして日にちが変わると同時に入ってきた客を、嬉しそうに迎える彼女の姿に合点がいった。

ようするにあれはその客限定の部屋、なのだ。

接客を何よりも苦手とし、よほど親しい間柄でないと厨房から顔もださない極度の人見知りの綱吉が、恥ずかしがりながらも嬉々として相手をする客。聞けば店が開いたその日から欠かさず決まった時間に来るという。



つまりは、そういうこと。