トレイに熱燗と料理をのせて奥へ向かう。個室に近づくと彼女の気配を読んだように、内側から静かに扉が開いた。
「ありがとうございます」
「うん」
はにかみながらお礼を言う綱吉に返事をして、男―――恭弥は再び席につく。綱吉は1度床にトレイを置き、着物の裾が乱れないよう気をつけて彼の隣に腰を下ろしてから程よく熱燗の入った徳利を手に、お猪口を恭弥の前に置いた。
彼がそれを手にする瞬間が好きだ。綱吉はこっそり思う。しなやかなのにやはり男性なだけあってしっかりとした、(一度触れたときにその硬さに驚いた)その手に不釣合いなほど小さなお猪口。それをそっと持ち上げるその動作の優雅なこと!
その瞬間を見逃すまいと食い入るように見つめる綱吉は、だから気づかない。そのときに彼女へ向かう、視線の熱さに。
「失礼します」
己の不器用さを知り尽くしているからこそ、酒を注ぐときは全神経をこれでもかというほど集中させる。緊張しすぎて手をかすかに震わせる彼女を見て、恭弥は呆れたように嘆息した。
「何回もしているんだから、いい加減慣れればいいのに」
「う…そうなんですけど」
無事零すことなく注いで、一仕事をしたといわんばかりに汗を拭う仕草をする綱吉に言うと、詰まりながらもどうしても慣れないと訴える。
「まあいいけどね。…最初のときに比べればましになったんだし」
「あ、あの節は本当にご迷惑をおかけしました…!」
そう遠くない昔のことをわざとむしかえすと、綱吉は真っ赤になって頭を下げた。後ろにまとめた色素の薄い髪ごしにちらりと見える無防備なうなじに目を奪われ、恭弥はとっさにこぶしを作って衝動を抑える。
(…質が悪い…!)
内心呻いて、彼は無自覚に誘惑を放つそこから目をそらした。
「別に。それより料理は?」
「あ、すす、すみません、…えっと、」
何を躊躇っているのかに気づき、雲雀はひょいと眉をつり上げた。
「名前で呼びな、って僕は何回も言ったはずだよ」
「はい、…恭弥さん」
「うん、…それで、綱吉。今日の食事は?」
それでいいと満足げに頷いた恭弥は綱吉に催促する。促されて、あわてて彼女はできたての料理をテーブルの上に並べ始めた。