綱吉がこの店を創めてから、もう少しで2年がたつ。それは同時に恭弥と出会って2年目だということを示す。テーブルに並べられた料理が残り少なくなっていくのを、時折お酒をお猪口に注ぎつつ眺めながらそんなことを思っていると、そんな心の裡を覗いたようにふと恭弥が箸を止め(彼は箸の持ち方ひとつとっても美しい)、こちらを見た。

「そういえばもうすぐ2年だっけ」

この店ができてから。
らしくもなく感慨深げな声に(綱吉はこの客があまり過去に興味がないことを知っていた)びっくりして思わず彼を見返すと、いぶかしげな顔をされた。

「…なに?」
「い、いえ!ただちょうどそのことを考えていたので、心を読まれたみたいだなって、」
「ああ、そのこと考えてたのか。ぼうっとしてると思ってたら」

君がぼうっとしてるのはわりといつもだけどね。
含み笑いでそんなことを言われ、そんなことないですと赤くなった。
ぼけっとしているところを見られていたなんて。

その様子に恭弥はふふ、と笑うと、くいっとお猪口に残っていた酒を飲み干した。お代わりを注ごうとして、徳利が空になっていることに気づいた綱吉が席を立とうとするのを断る。

「まだ仕事が残っているから」
「恭弥さん、いつもお忙しそうですもんね」

ぽつりと呟いたその言葉に恭弥は一瞬動きを止め、綱吉を見た。

「綱吉、君…」
「はい?」

首をかしげる彼女をしばし見つめ、恭弥は頭を振った。まさか、彼女が知っているはずがない。知っていればこんな笑顔は見せてくれないだろう。

「…いや、そんなに忙しそうかなと思って」
「あ、それは、…恭弥さんの雰囲気がオレの親戚と少し似ていたので。彼もいつも忙しそうで、しょっちゅう海外に飛び回っているんですよ。今はイタリアにいるみたいです」
「へえ」
「隙を見せない…っていうか、張り詰めた感じがするから。だから恭弥さんもそうなんじゃないかなと思ったんです」

綱吉はしばらく会っていない従兄弟の顔を思い出し笑みを浮かべた。人を振り回すのが好きで、しかし何だかんだいいながら面倒見のいいあの漆黒の青年が、初めて綱吉が料理に向いていることに気づかせてくれた。彼がおこす騒動で迷惑することはたびたびあったが、それでもためになることを少年の頃からよく知っている子だった。

懐かしそうに笑う彼女に、胸の内をちりちりと不快なものが主張する。恭弥は綱吉に気づかれないように眉をしかめた。分かっている、これは嫉妬だ。綱吉の裡にいるほかの人間に対しての。嫉妬なんて感情をまさか自分が持つ日が来るとは思わなかった。これほどまでに恭弥を変えた彼女は、しかし彼のそんな感情には微塵も気づかない。見るからに分かりやすい彼女が自分を嫌っていないことは分かる。嫌いな相手にあんな笑顔を浮かべられるほど器用ではない。しかし、かといって恋情を持たれていると思うほど恭弥は自惚れていない。

内心ため息をつく恭弥をよそに、綱吉は、だから、と続ける。

「あまりがんばりすぎないでください」
「え、」
「い、いえ、がんばるのはいいんですけど、無理はしないでくださいって言いたかったんです」

恭弥さんはすぐ無理をしそうで心配です。
真摯に言われて恭弥は頬をゆるむのを感じた。綱吉の一言で荒れる心が穏やかになる。我ながら単純だと思いながら、

「分かってる。無理はしないよ。君に心配を掛けたくないからね」

でも心配してくれてありがとう。
そう微笑む恭弥はその笑顔に見惚れて言葉を失う綱吉に気づかない。


花あたりがその場に居たらこう呟いただろう。

どっちも鈍すぎる。