「あの…訊きたいことが、あるんですけど」
おずおずと切り出されたのは出された食事をすべて食べ終わって満腹感に一息ついたときだった。店に来たときから彼女の気もそぞろなことに気づいていた恭弥は頷く。
「何をだい?」
「恭弥さんに、怪我をさせた人について」
彼は顔をしかめた。よりによってそうくるか。
綱吉の前でこんな顔は初めてする。そんな自分を見てためらうような気配を感じるが、精神的不快さには勝てない。彼女が何か言おうと口を開くのと同時にそれをさえぎるように恭弥は言った。
「あの男の話はしたくないんだ。不快で仕方がないし、君といるときにそんな気持ちになりたくない」
吐き捨てるようなそれに綱吉は肩をびくりとさせた。恭弥は内心しまったと舌打ちする。
「ごめん」
「いえ、嫌なことを訊いてしまってごめんなさい。でもあの、これだけはいいですか」
「うん?」
綱吉の琥珀の瞳が恭弥を見つめる。きらきらと輝くそれにこんなときにも関わらずうっかり見惚れる。が、
「その人って、…ヒバリキョウヤって人ですか?」
恭弥の顔がこわばった。そしてそれを綱吉は返答ととった。やっぱり、小さく呟く彼女に首をふる。
「いや、違うよ。別の人間だ」
「え…違うんですか」
「…なんでその男だと?」
綱吉は首を傾げながら、
「知人が、並盛の支配者?って人の話をしてくれたんです。暴力を振るわれたって言ったらやっぱり最初にその人を思い浮かべるって」
(いらぬことを…!)
彼女は何も知らなかったのに。その知人とやらを咬み殺したくなり、だが綱吉が気づかぬうちに瞬間噴き出た殺気は霧散した。
「へえ、でも違うよ。僕が相手にしたのはもっと気持ち悪いやつだからね」
「気持ち悪い…ですか」
「うん、最悪な男だよ」
それこそ、ヒバリキョウヤよりもね。ひとりごこちる恭弥は綱吉に見えぬようその顔を背けた。