「つ、綱吉くん、彼は…」
「恭弥さん?うちの常連さんだよ。かっこいい人だろ」

何故か汗をかいている骸に綱吉は説明する。よかった自分の想いはバレなかったようだと内心呟きながら。すると骸はしばらく閉まったドアを見つめていたが、

「そういえばタバコがなくなっていたのを忘れていました。ちょっとコンビニまで行ってきますね」

すぐに戻ります、と店をでていく。綱吉は、わかったと頷いて、首をかしげた。

(アレ、骸ってタバコ吸ってたっけ?)













満天の星が輝く夜だ。恭弥は黙って空を見上げていた。ガラリ、と店が開くのを見て、ややうんざりと溜め息をつく。

「遅い」
「仕方ないでしょう、まさか君がそこで待っているとは思わなかったんです」

出入り口から死角になる位置で立っていた恭弥に驚くでもなく、骸はここではなんですから、コンビニまで少し歩きましょうか、と促す。そんな彼には視線もくれず恭弥は先を行く。颯爽と行くその姿を見ながら骸はうんざりとした。ああ、打撲と痣がやけに痛む。

「単刀直入に訊きます。君綱吉くんのことが好きでしょう」
「僕のことをあの子に教えたのは君か」
「…質問に答えてください」
「なんで」

同じ空気を吸っていることすら嫌なのに、と恭弥はつい先日戦闘を繰り広げた相手を不快げに見やった。そう、彼の怪我は骸が、骸の怪我は恭弥がつけたものだった。何年たとうともこの殺伐とした関係が変わることはない。答えずに逆に問い返す恭弥に肩をすくめてやれやれと骸は嘆息する。まあ答えなどは訊かなくても分かっている。なにしろこの男が、裏表もない優しげといっても差し支えの無いやわらかな笑みを浮かべるのを骸は初めて見た。この男と優しげなんて言葉は戦争と平和くらい縁のない話だと思っていたのに。

「そうですね、ヒバリキョウヤについて教えたのは僕です。まさか知らなかったとは思いませんでしたが」
「…余計なことを」
「見たところ、彼女は君が本人だということを知らないようですね」

知っていたらああも無邪気に笑いかけないだろうと言った瞬間、ものすごい勢いで恭弥は彼を睨んだ。だが視線はすぐに下を向き、

「…そんなことはわかってる」

いままで聞いたこともない、その陰鬱な声に骸は目を瞠る。なんだか今日は初めてのことばかり起こる日だ。

「君、本当にあの子のことが好きなんですねえ」

ていうか人のこと好きになれたんですね、普通に考えていささか失礼な感想に恭弥はついと向こうを向いた。

「君には関係ない」
「ええ、関係ないですけどね。…おもしろいから協力してあげてもいいですよ」
「いらない」
「おやおや、そういわずに…例えば彼女の過去だとか、知りたくは…ああ、もうとっくに調べていますか」

彼の権力をもってすればたやすいことだ。人一人の家族構成から秘密まで、何から何まで調べることは。しかしその呟きに恭弥は首を振る。

「調べてないよ。それは約束に反するし…そういうことは本人から聞くからいい」
「約束?」
「『和食処あさりや及びそれに関わる人間には関わらないこと』」

淡々と紡ぎだす声。骸はすぐに合点がいったような顔をした。

「あの子の親戚とですか」
「あそこはもともと僕の土地だった」
「あの店、が?」
「リボーンへの借りを返すためにあれをあげて、今の約束をした」

2年前の春だったかな。呟きながら人一人いない夜道の先を見据える。

「関わらないって…関わりすぎじゃないですか」

あの子は店の常連だって言ってましたよ。呆れる骸を横目で睨んだ。我が物面であの子、と連発されるとむかつく。

「僕は『恭弥』だからいいんだよ」
「『ヒバリキョウヤ』ではないから?」

詭弁すぎやしませんか。ハッと鼻で笑って気障な仕草で骸は一礼した。コンビニはもうすぐそこだ。

「まあいいでしょう、放っておいてあげますよ。君の話をする綱吉くんは嬉しそうでしたし、…僕もあの子が悲しむ姿は見ていたくないもので」
「…君、あの子の何なの」
「知人兼兄代わり、とでもいいましょうか」

凪の友達なんです、あの子は。肩をすくめた彼に恭弥は納得した。これのシスコンぶりは有名な話だ。

「まあせいぜいがんばってくださいよ、ヒバリ。あの子の暴力嫌いは筋金入りですからね」

君の正体を知ったときにどうなるか、見物ですね。
悲しむ姿は見たくないといったその口で今度はそういうことをいう。

「簡単な話です。そんなことが気にならないほど君に惚れさせてしまえばいい」

天下のヒバリキョウヤならできないことはないんじゃないんですか。意地悪く笑ってそれでは、と骸は恭弥に背を向けた。その後ろ姿を思い切りトンファーで殴りかかりたくなった恭弥だが、そこはぐっとこらえた。苦々しげな一瞥をくれてコートを翻し、すぐに暗闇のなかへととけこんでいった。