「そろそろ行くよ」
「はい」

最後に一服して、恭弥は重たい腰を上げた。胸にあるのは綱吉と別れるときに感じる寂しさと、今日はさらにもうひとつ。

(いつまでこうやって綱吉の笑顔が見れるんだろう)

今日はやたらと普段あまり考えないようにしていることを考える。どうも調子が悪いのかもしれない。感情を表にださないように笑みを浮かべ、扉に手をかける。ポーカーフェイスである自分のことだ、いつもと変わりない笑みになっただろう。

「ごちそうさま。体調にはくれぐれも気をつけてね」
「、恭弥さん!!」
「なに?」

突然の大声に驚いて振り向く。綱吉は自分でもはっとしたように口を押さえた。

「あ、いえ。…またお待ちしています。お仕事、無理しないでくださいね。今日は本当にありがとうございました」
「いや、こちらこそ。いつもおいしい食事をありがとう。…じゃあね」



扉が閉まる音がやけに耳についた。どうしたんだろう、さっきまではいつもの彼だった。なのにどうして急にあんな、

(泣きそうな、笑顔)

胸が締め付けられるような笑みだった。どうしてそんなに哀しそうなんですか、とっさに聞こうとしてしかしはっとしてやめる。彼は多分、自分がどんな顔をしたか気づいてはいなかった。

(オレに話してくれればいいのに)

一人で苦しまないで、そう言えたならどれだけいいだろう。彼の苦しみを、悲しみを、少しでもいいから分けてくれればいいのに。そう思う自分は傲慢かもしれない。


ガラ、と扉が再び開くのに綱吉は顔を上げた。忘れ物でもしたのだろうか。

「山本?」
「よ、ツナ」

休暇で実家に戻ってきた山本だった。飄々としたいつもとは違い、汗ばんでいるだけでなく、息もはずんで少し顔が赤くなっている。

「走ってきたの?」
「ああ、ちょっとな。…それよりツナ、大丈夫か?」
「何が?」

笑顔を消してやけに真剣な顔で問いかけられ、綱吉は怪訝そうに首をかしげた。

「ヒバリキョウヤに、何かひどいことされなかったか」

硬い声に、綱吉は苦笑する。久しぶりに来たかと思えば、いきなり何のことだろう。

「よくわからないけど、何でいきなりヒバリキョウヤさんがでてくるの?」
「わからないってお前、さっきこの店からでてきただろ?」
「さっき、って…」
「ちょうどあいつがでていくところ見てさ。あいつ女子ども容赦なく暴力振るうから、心配したんだけど」

何もないみたいでよかった。
ほっとしたような親友の声は綱吉の耳に入らず、綱吉は呆然と、ただただ目を見開いていた。