全身の血が煮えたぎるようだった。怒りに視界が歪む。
ドゴッ、とコンクリートがトンファーの攻撃でくぼみ、パラパラと欠片が落ちた。

「ヒィッ!」
「…綱吉に何をしようとした?」
「ヒ、ヒバ…ッ、」
「…殺す」

咬み殺す、ではなく殺す。その一言で彼らは悟った。自分たちはヒバリの逆鱗に触れたのだ。文字通り、けして触れてはいけないところに。今まで感じたこともないほどの殺気に身体がガクガクと震える。殺される。本能がだす警告にしかし身体は動かない。
風が吹いた。次の瞬間には二人が倒れ、立っているのは三人のみになっていた。地に伏した二人のうち、一人は気を失い、もう一人は腹を押さえていたが攻撃の衝撃で口から体内のものを吐き出した。

「綱吉から離れろ」
「ヒイ!!」

綱吉の腕を掴んでいた男は、青ざめるのを通り越して顔色が真っ白になった。
掴んでいるというよりはただ触れているだけのぶるぶると震えた手はじっとりと汗で濡れていた。
綱吉は無意識に一歩踏み出す。

「ダメです、恭弥さん!」
「…つなよし、」
「帰りましょう?」

不思議と恭弥を恐ろしいとは感じなかった。こんなに怖い顔をさせていることが悲しいだけで。促すように手を伸ばすと、恭弥は首を振った。

「駄目だ、綱吉。こいつらは君を傷つけようとした。…絶対に許せない」
「でもオレは大丈夫です」

怪我一つしてませんから、と安心させるように笑う。だからつらい顔をしないで、そう願いながら、それに、と言葉を続ける。

「この人ももう、何もする気はないです。…ですよね?」
「あっ、ああ!誓う!もう絶対に何もしない!」

がくがくと何度も頷く。
ぎろりとその男の瞳の奥まで見据え、その言葉に嘘はないと確信してから、自分を落ち着かせるために恭弥は一度目を閉じた。そうしてもう一度、男を見る。

「二度はない」

それは事実上の許しの言葉だった。何度も何度も頷いて、転げんばかりの勢いで倒れていた二人の男を担いで、よろよろとふらつきながらも彼らは去っていった。



「本当に、怪我してない?」
「はい」

頷いた綱吉を見つめ、ほっと息をついた恭弥は次の瞬間顔をゆがめた。あまりにも辛そうなそれに綱吉は驚いて駆け寄る。

「恭弥さん?どこか痛いんですか?」
「君が無事でよかった…」

掠れた囁きに彼の深い安堵を感じ取り、綱吉は恭弥の頬にそっと触れる。

「心配かけてごめんなさい」

カラン、と音を立てて恭弥の両の手からトンファーがすべり落ちた。

「…綱吉、」

考えるよりも先に身体が動いた。小柄な彼女をきつく抱きしめる。つなよし、繰り返し囁くその声の切なさに、張り詰めていた緊張がとけ、綱吉は目をつむった。熱くなる目尻を、こみ上げてくる涙を止めることができない。

「きょうやさ、」
「綱吉、…つなよし、君が好きだ」
「きょ、」
「違う、そうじゃなくて」

告白に驚いて涙を浮かべたまま綱吉は恭弥を見上げた。端整なその顔に、ひきつりとも自嘲ともつかない表情を浮かべて恭弥は綱吉を見つめる。

「君に謝りたい。…ずっと君をだましていた。僕が、雲雀恭弥なんだ」


近い距離で不安げに揺れる黒瞳。いつも泰然としていて、大人な恭弥がまるで少年のようだ。じっと綱吉の反応を待つ彼に、綱吉はぱちぱちと涙を長いまつげで振り払い、

「知ってます、」
「…え、」
「あの、知っていたんです、ごめんなさい。でもあの、言っていいのかわからなくて、」
「いつから?」
「え、と、夏に。オレの友達が、恭弥さんが店を出て行くところを見てて、それで…」
「そう…」

怖がられることを予想していた恭弥は、予想外の展開に目を見開いた。だが嫌悪のかけらも浮かんでいない綱吉の瞳に、首をかしげる。

「怖くない?」
「え、何がですか?」
「僕が。…君は暴力が嫌いだろう」

並盛の暴君、暴力で支配している血も涙もない男と呼ばれている自分を恭弥は知っている。だからこそ問いかけたのだが、

「まさか、恭弥さんを怖がるなんて、そんなことあるわけないじゃないですか」

あっけらかんと言われ、恭弥は目を瞬かせた。
綱吉にしてみれば、いまさらなのだ。初めに山本に言われてそれを知ったときには、たしかに動揺した。その夜眠れなくてそのことが頭から放れないほどには。しかし次の日店に来たときの恭弥の笑みを見て思ったのだ。そんなことはたいしたことではない、重要なのはこの笑みが本物であること。自分の好きな恭弥が嘘ではないことだ、と。

「恭弥さんが恭弥さんならそれでいいんです。…そ、それより、」

綱吉は視線を下に向けた。同時に身じろぎをして、拳をきゅっと握る。心を決めて再び恭弥を見上げる。

「あの、さっき言ったことって、」

まろやかな、薔薇色の頬に視線を奪われて恭弥は一瞬綱吉の言ったことが理解できなかった。

「、さっき?」

何か言っただろうかとつかの間考え、

「あ、」




勢いで告白していたことに気がついた。