恋をすると女は変わるというけれど、まさかここまでとは思わなかった。
それが初めて、入ってきた客と会話する綱吉を見たときの感想だ。思わず目を疑った。きらきらと男を見上げるそのぱっちりとした大きな瞳。チークも付けていない、にきび一つない頬は食べ頃の果実のように紅く染まっていて、さくらんぼのような小さな唇は艶やかに光る。異国の血を匂わす色の薄いその髪は後ろで結わい付け、持ち主のが動くたびにさらりと動いた。元々素材は悪くないのだ。本人の、目立ちたくないという意志と自身に対しての評価の低さが今までそれを隠していたのだろう。それが恋情ひとつですべてを変えた。
なんで告白しないの?
それは本当に素朴な疑問だった。勤め始めて1カ月ほどたち、接客業に慣れ始めた頃。綱吉には柔らかく微笑むあの客は、だが自分たちには1ミリたりともその整った顔を動かさない(邪魔をするな、という牽制の雰囲気だけはかもしだして)。そのくせ綱吉が自分たちに話しかけるとむっとするのだ。なんて分かりやすい客だろうかと、花は呆れた。綱吉とは別口の分かりやすさだ。とっくに恋人だと思っていたのに、嫉妬深い彼だこと、とからかい混じりにそう言うと彼女は真っ赤になってぶんぶんと眼を回すんじゃないかと思うほどかぶりを振った。とんでもない、自分の片思いだと。
だが、何故想いを告げようとはしないのかと直球で尋ねた自分に彼女はそれまでの恥ずかしそうな表情とは一転させて、ふと空中になにかを思い浮かべるように視線をやった。
『あの人、すごく大変な仕事してるみたいで、だからいつも神経を張り詰めてるだろ?でもご飯食べてるときとか、お酒呑みながら話しているときとか、そういうふとした瞬間に空気が緩む、っていうのかな。その緊張感を解くんだ。そういうところを見るとちょっとはあの人の役にたててるのかもって思える。…だからそういう店であり続けたい。変なことで煩わせたくない』
自分の想いを『変なこと』と断言した彼女は、しかし己の発言に反しその瞳を若干翳らせていた。恋をしたらその相手に好きになってほしいと思うのは当然のことだ。だが花も京子も何もいえなかった。自分なんか、そういう気持ちでいたのなら多少強引な手を使ってでも告白させた。けれどそうではなく、唯相手のことを思っているだけなのだ。この見かけに反して頑固者な彼女はそうそう一度決めたことを翻したりはしない。
だからこそ。告白すれば確実にうまくいくのに。その言葉は呑み込んだまま、今日も彼女のそばで働くのだ。可愛い親友の心を奪った男に何も言わないのは、許させるだろう。
いつか想いが通じ合ってからこそりと教えてやろうと思わないでもないが。